第1章 

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第1章 

「あ、あの……大丈夫ですか」 わたしは恐る恐る声をかける。 正門の前で男の子が座り込んでいた。顔色が悪い男の子は、つらそうにゆっくりこっちをふり向いた。 きょうは山ノ上学園中等部の受験日。 うわ、かわいそうに。入試当日の、いま、具合が悪くなっちゃったのかな。この子、大丈夫かな。どう見てもダメな感じがするんだけど……。 わたしと唇が青く震えている男の子以外、正門の前にはいなかった。 「もしかして……具合が悪いんですか?」  男の子は、歯をがちがちさせながら、小さい声で「ううん、だ、大丈夫」と言った。  いやあ、絶対ダメなやつじゃん。  わたしは眉をひそめた。  えええ、こんなとき、どうしたらいいの? どうしよう。 勝手に先生とか、呼んでもいいのかな。でも、先生、近くにいないよね……。  ちらっともう一度男の子を見た。男の子に回復の兆しは全く見えなかった。  ここにしゃがみこんで、動けないでいるってことは、立っていられないってことじゃない? 具合が悪いんだよ。救急車呼ぶ? いや、救急車はやりすぎ?  わたしは迷ったあげく、一度手に取ったスマホをカバンにしまった。  実は、わたし、入試だからって、張り切って早く来すぎちゃったんだ。緊張してお腹壊したりしたら、いやだし。学校に着いちゃえば、あとはなんとかなるって思って……。  だから開門時間よりも少し……、いや、正確にいうとだいぶ……早く着いてしまった。  一番乗り! って思ったのに、正門の前にはわたしより早く来ていた男の子がいて……。びっくり。  しかも、その男の子はお腹をおさえながら、座り込んでいて……立てないみたい。  もう、こんなとき、どうしたらいいの? なんとかしてあげたいんだけど。  今朝、お天気コーナーのアナウンサーが「今朝は今季一番の寒さになります。手袋、マフラーなどしっかり防寒してお出かけください」って言っていたんだけど……、この子はテレビ見なかったのかな。  緊張してテレビどころじゃなかったのかもしれないな。わたしより早く校門にいるくらいだもの。 わたしは一人納得した。  それに、この山ノ上学園は駅から徒歩三分の立地の良さ。駅からまっすぐ歩いて、信号を渡るだけで着く。 入試要項には、暖房をつけるので、脱ぎ着できる格好でと注意書きがあったくらいだから、うっかり防寒対策を油断したのかも……ね。  うんうん、わかるけどね。どんな格好で試験を受けるのかなんて、正解はないもの。でもね……。  わたしは男の子をみた。  男の子は薄いコートしか羽織っていなかった。どうみてもマフラーも手袋もしていない。  こんな格好じゃ、寒いよ。わたしにはムリ。たぶん、彼は冷えたんだよ。冷えるとお腹も痛くもなるし、気持ちも悪くなるもの……。震えてるのは、きっと寒いからじゃない? このまま入試が受けられなくなっちゃったら、かわいそう……。  わたしも冷え性だからわかるよ。寒いの、つらいよね。それに、わたしもそうだけど、この日のために君も一生懸命勉強してきたよね!   わたしも地獄の苦しみを乗り越えて、山ノ上学園を受験しにきてるから、どうしても受けたいって君の気持ちもよくわかるよ。 ああ、なんとかしてあげたい。 北風がピューっと吹く。 ぶるっと体温を奪われるのを感じた。鼻の奥が寒さのあまりツーンとする。 鼻が赤くなってきたのがわかる……。 わたしは顔をあったか手袋をした手で覆う。 きょうは本当に寒い。わたしは寒いの苦手で……。小学校に行くときもいつもカイロを2個背中とお腹に貼っていくくらい……。 でも、きょうは入試だから、スペシャルに完全防備してきたよ。靴の中にもカイロを仕込んで……、手袋のなかにもカイロを仕込んでいる。  もこもこのダウンのジャケットも着たし、いつものとおりカイロもお腹と背中に貼っている。教室が暑かったら、一枚ずつカイロを剥がすか、中に着ているカーディガンを脱いだりする計画。体温調整ができるよう、計画してきたんだ。  ああ、誰か、誰かこっちに来ないかな。学校の先生とかいたら、あの子を助けてあげられるのに。  遠くの校舎の方に目をやると、人が時々通っているのが見えた。  校門はまだ閉まっているけど、学校の係の人とかは忙しそうに準備してるみたい。  あ、近くにヒトをみつけた!  学校内の中庭を行き来している。 「あの……」  中庭の人に向かって、わたしは声をかける。でも、距離があるせいか、係の人たちには全く聞こえていないようだ。 「あ、あの!」  わたしは思い切って大きな声で叫んだ。  校舎に入ろうとしたところ、わたしの大声に気が付いてくれたみたい。こっちに向かってくる。  やった! 助かった!  わたしは手を振り続けた。 「すいません。まだ開門の時間じゃないんです」  入試のお手伝いをする学校の生徒らしきヒトが声をかけてきた。 「ああ、そうですよね……。でも、あの、正門に男の子が倒れていて……」 「えええ! それは大変。教えてくださってありがとうございます。いま、先生、呼んできます」  係の人はちらっと男の子を見る。 「君、大丈夫?」 「はあ、ちょっと寒くって……。思ったよりもここは冷えて……具合が悪くなって」  男の子は震えながら、係の人を仰ぎ見る。係の人は男の子の唇が紫色になっているのを確認したみたい。慌てて先生を呼びに、走って行った。 「あの……これ。よかったら」  わたしはコートのポケットから使っていない二つカイロを取り出した。 「ええ! 受験生からもらえないよ」 「大丈夫です! わたし、たくさん持ってますから」  ダウンのジャケットのポケットからさらに二つ未開封のカイロがあることを見せた。 「わたし、すでにお腹と背中にカイロを貼ってるんです。カイロを貼ると、身体もあったかくなりますよ。冷えると体調悪くなるし。ね?」  わたしは笑う。 「すいません……」  男の子はかすかに笑いながら、カイロの封を切る。 「それから、使いかけで悪いけど、こっちのカイロはもうあったかいから……これもどうぞ」    わたしはすでにあったかくなっている、貼らないカイロを渡す。 「あったかい……」  男の子は震える声で言った。  門の周辺がだんだん騒がしくなっていた。  もうすぐ開門の時間だ。  わたしはちらっと後ろを振り返った。門につながる道路沿いに受験生たちが並んでいる。  みんな、頭がよさそう……。こんなに受験生、いるの……。やだなあ。大変。どうしよう。  わたしは顔を曇らせた。  さっきの係の学生がバタバタと戻ってきた。先生を連れてきている。 「ほんとうにありがとう」  男の子は、先生が来てくれたのでホッとしたみたい。震えながら、わたしに小さな声でつぶやいた。  男の子は先生たちに抱えられるように連れられていく。  よかった。  これで目の前の緊急事態は片付いた。彼のことは、先生たちがあとはなんとかしてくれるだろう。  ほっと一安心。  でも、あの子、試験受けられるかな。受けられるといいな。きっと暖かい校舎に入れば、彼も元気になるよね。トイレもあるし。保健室受験もできるだろうし。うんうん。  わたしは一人うなずく。  もし、あのまま正門の前にしゃがみこんでいたまま、門が開くまで我慢していたら、男の子はもっと具合が悪くなっていただろうし。係の人を呼んだのは、ナイスな判断だったに違いない。わたし、えらいぞ、頑張った!  わたしは小さくガッツポーズをする。ついでに、恐る恐る、もう一度後ろを振り返ると、受験生の列がさらに遠くまで伸びていた。  わたしは大きく深呼吸した。  ここからが勝負だ。いよいよだね。  開門に来た係の人がこちらに向かって歩いてくる。  受験生たちは、今か今かと開門を心待ちにしている。みんなの緊張感が伝わってきた。  がんばろうね。  わたしは自分を励ました。  係の人がやってきて、カギを開けた。  門はきしみながら開けられていく。    受験生たちは気合がはいった足取りで校舎へ入っていった。  さあ、やるぞ。この半年、わたしだって死に物狂いで勉強してきたんだから。わたし、絶対合格して、この学校に入るんだから!  わたしは決意を新たにし、受験会場となる教室を目指した。
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