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「あ、あの? もしもし?」
「あげるってなんなの? じゃあ、いらないわよ。私も告白するのやーめた。陽子。やっぱり、あんたが彼に告白して返事を聞きなさいよ」
自分に向けられた沙知の指先を見て、有松君は、なんだか自分が指先だけの存在に思えてきた。
「どーぞ、どーぞ」
「そっちこそ、どーぞ、どーぞ」
有松君の取り合いになるはずが、譲り合いになり、しまいには――
「いらないって言ってるでしょ!」
「こっちだって、押し付けられるの、ごめんだわ。先に告白やーめた言ったのは私だからね」
押し付け合いになってしまった。
「ふたりとも、ケンカをやめてくれよ。ああ。別に、僕のためにケンカをしているわけじゃないのか。これは、もう、ど、どうしたらいいんだ!?」
「返品されても受け付けないわよ!」
「返品? ぼくのことっ? くああああっ!?」
「どっちも、まだ告白の返事はもらってないでしょう! 返事なんかも、もういらないけどね!」
「なんかもって、もういらないって、そんなのっ、うあああっ!」
沙知と陽子の言葉を浴びるごとに、有松クンのイケメンが破顔していく。
ふと我に返った沙知と陽子は、百年の恋も冷めるほど歪んでしまった有松クンの顔を眺めた。
「ねえ。ちょっと?」
「うん。あのー、有松クン? ここはもういいから、帰ってくれる?」
「帰れって? ひゃああああっ!」
「いやもう、ここにいてくれなくてもいいから」
「いなくてもいいから? ふぐああああっ!」
「いやだ。この人……」
「おもしろいわ」
「おもしろいっ!? 僕はいじられキャラじゃないよおっ!」
「ふっ」
「鼻で笑わないでよおおっ!」
有松クンのリアクションがいちいち楽しくて2時間くらい結局相手をしてしまった。
さて――。
「その女二人も恋愛で自己満足の自己完結してるし、イケメンだった頃の有松とやってることがたいして変わりないじゃん」
というツッコミはわかる。
しかし、取り合いとは、つまるところ、自尊心や優越感の奪い合いなのだ。または、押し付け合いだ。
しかし、しかし、だ。それはあまり度が過ぎると自分や周囲を滅ぼしてしまう。せいぜい、ほどほどに、笑える程度のもので。
モテ期から抜け出せなかった恋愛の化け物・有松クンは自尊心を取り上げられ、優越感を破壊されて、お笑い担当という存在に成り下がってしまったのである。
漫才にハマる人がいるのもわかるだろう。こっちは労力を一切払わずに笑って少し優越感に浸れるのだから。
<終わり>
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