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彼はいつも争いの中心にいた。
「有松君は、私の恋人なのよ!」
「それは、あなた以外の誰が決めたの?」
二人の女の注目が、有松君と呼ばれた男子の顔に集まった。
有松君は、鼻筋の通った端正な顔を少し傾けて言った。
「こうなると、僕が引き下がるしかないね。二人をこれ以上、僕の取り合いで争わせるわけにいかない」
有松君は奥目を伏せて、踊るように優雅に踵を返した。
有松君のその見事な立ち振舞に、二人の女は思わず見とれてしまい、どちらも二の句が出ず、黙って去っていく(背中までもイケメンの)彼を見送るだけだった。
ここに恋の戦争が終結したのであった。
「はあ?」
そんな恋話の終わりを聞いた一羽沙知は、呆れて、開いた口が閉じなくなってしまった。
そんな一羽の隣にいた横沢陽子は、開きっぱなしの沙知のあごをそっと下から押して閉じてやった。
「ふがっふがっ!」
口元が定まらない沙知に変わって陽子が言った。
「この女の敵――いいえ、恋とか愛を語る敵を倒す必要があるわね」
「もう高校生になるのに、変身しなくちゃいけないなんて」
「まあ、アニメとか漫画の魔法少女みたいに、服装から変身するわけじゃないけどね。でも、女子はいつだって変身できるのよ」
「メイクアップってね」
放課後。
有松君は女子二人から呼び出され、目的の場所に向かっていた。
有松君には、予感や予言ではなく、これから起きる出来事がわかっていた。
好きになった異性――有松君という男を取り合って、女の恋の鞘当てが始まるのだ。
その結末もわかっていた。
有松君は、異性から告白されても、誰も選ばない。
そもそも、有松君は、恋愛には興味がなかった。別に、有松君の場合、それは冷酷というわけではない。有松君は、誰かに好かれれば、自分はとても魅力的だと“自尊心”が満たされるのだ。有松君には、自尊心の高まりは、恋愛することよりも気持ち良かった。
だから、満足しているところに、自分を取り合っての争いが始まるとうんざりする。どっちも選べないと言い、さっさと立ち去るのだ。
そんな理由でフラれた相手はたまったものでなかったが、かと言って、有松君は、自己中心的なうぬぼれ屋でもなかった。
有松君はモテ期という、異性が次々と告白してくる機会を、なんと人生3回以上も得ている特異点なのであった。
異性が次々と告白してくるモテ期が終わらない有松君が誰かひとりを選ぼうとしたら――?
「それは有松君の取り合いになるわね」
「これぞ、まさに恋愛の怪物だわ」
沙知たちは、有松君に関するエゴサーチの結果に底知れなさを感じ、思わず身を震わせた。
陽子は首を左右に振った。
「モテ期から逃れられないってかわいそうよね。そんなのだったら、いつまでも自分の好きな人を見つけられないじゃないの」
「そうね。イケメンに限るって言葉で終わらせてもいけないわ。来たわよ、彼――」
「気をつけて。彼の魅力に取り憑かれたら、私たちは彼を取り合って争うことになるわよ」
果たして、有松君は沙知たちの前に立った。彼の、鼻筋の通った端正な顔立ちというのを、同性含めて嫌う人はいないだろう。
有松君は、沙知たちに少し横顔を見せて、頬を赤らめた。
はにかんだ顔を見せる有松君。彼のその初々しいイケメン雰囲気が風となり、沙知たちの心をくすぐった。
(はふっ!?)
(これはっ!?)
ヤバイ、キケン。沙知たちは心のなかで身構えた。有松君は恋愛の怪物なのだ。警戒心を少しでも緩めたら、ともすれば心を持っていかれる。
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