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「困ったな」
有松君の薄い唇が上下に動いた。その口から出てくる声はとても澄んでいて、もの寂しい言葉であっても耳に心地よかった。
「好かれるのは嬉しいことなんだけど、でもね、同時に告白されたら、どちらも選べないよ」
どちらの告白を受け入れるのか、いいや、どちらも選べない。
有松君は人からの好意をあっさりと切り捨てた。
「どちらかを選んでもらわないと、私たちも困るんだけど?」
(そうは言うけど、本気じゃない。これは演技だから)
と、沙知は心のなかで言い返した。
(……)
しかし陽子には別の感情が芽生え始めていた。
次に有松君は驚くべきことを言い出した。
「君たちで、どちらか、ひとりを決めてほしい。ひとりからの告白なら、僕はその返事を考える」
あまりにも、きれいで、正しい声音。
その男声は精細さと男らしさのバリトン。
この人のすべてを手にしたい。いま、そのチャンスが目の前にある。
沙知は演技の心が薄れ、隣りにいる陽子が邪魔者だと思えてきた。
――彼と二人きりにさせてもらえない?
沙知がそう言おうとしたら、先に口を開いたのは陽子だった。
「やっぱり、私、パス。あとはお二人さんで、よろしくやってちょうだい」
陽子の辞退する言葉に、有松君と沙知は、
「えっ?」
「えっ?」
同時に驚きの声を上げた。
イケメンに告白するチャンスを自ら捨てるなんて!?
有松君と沙知は、そんなの信じられないと心のなかで驚きの声を上げた。
「ちょっ、まてっ。そっちから呼び出しておいて、それはないだろう!?」
「あ。ま、それはそうね。ごっめーん。でも、これでひとりからの告白になるね。この子に、ちゃんと返事をしてあげてよね」
「あ、いや、うん、まあ、それはそうだけど……」
想定外の事態に有松君は動揺した。
(おかしい。なにか変だ? だって、いつもはここで、僕を取り合って争いが起きるんだぞ。それが、やっぱりやーめた、パスするわって、どういうこと? それはなんだ!?)
「はい。そういうことで~」
「きゃっ?」
陽子は沙知の手を掴み、有松君の手を握らせた。
「なにすんのよっ!?」
なぜか、沙知は有松君の手を拒絶するように振り払い、厳しい目で陽子に向き直った。
「そんなことしてくれなんて頼んでないけど?」
「邪魔者の私は去ろうってのよ。あんた、心のなかで、私のことを邪魔だと思ったでしょ?」
「ぐうっ」
沙知は言葉に詰まった。さすが幼稚園時代からの親友。こちらの心の内をとっくに見透かしていたわけだ。
しかし、沙知も、ただ黙ってはいられなかった。心のなかにむくむくと湧き上がる感情があったからだ。それは――。
「私のために引き下がろうって、あんた、上から目線でしょ?」
「ひぐっ」
そんなわけないでしょ、と陽子は言い返したかったが、そう言われたらなんとなくそんな気がして、言葉に詰まった。
にらみ合う二人。
有松君は妙な疎外感を感じた。
「あ、あの? キミたち? 僕のほうを見てる?」
「だから、沙知さあ。ここは譲ってあげるって言ってんのよ」
その言葉のなかの有松君の存在感は軽かった。
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