フリッツとヴィクトール

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「ヘンドリクス商会へ出向いたが、やってなかった。翌日も、その翌日も行ってみるが休業のままだった。そこで近所に聞いて自宅へ行ってみたんだ。」 「すると、昨日長男の葬儀が終わったばかりで、家族は悲しみに暮れていた。」 イヴィ「長男って・・・、校長先生のお兄さん?」 「そう。死因は肺炎だったが、子供からポリオ菌がうつってね。持病の膠原病肺を患っていたそうで、ポリオから肺炎を併発してしまったんだ。」 ポリオは子どもに多いが、大人でも感染する。 大人が発症すると重症化し、特に呼吸器系に疾患がある場合、死にいたるケースもある。 「亡くなった長男の末っ子がポリオでね、医師からは『いずれ歩けなくなる』と言われ、家族は将来を悲観していた。」 「父は昔、ある修道院で修道士にオルガンを教えていた時、長年リウマチに悩んでいた院長が、あるマッサージで良くなった話を思い出した。そこの修道院には、医学部まで進んだのに修道士になったドイツ人がいた。彼のマッサージのおかげで動かなくなった左腕が復活したと喜んでいたと・・・。」 「それで修道院に掛け合って、マッサージの仕方を教えてくれるよう頼んだんだ。ドイツ人修道士は気難しい人物だったそうだが、父は彼にも院長に気に入られてたから、特別に教えてもらえたそうだ。」 イヴィ「良くなったのね。」 頷くアル。 「マッサージとリハビリの仕方を未亡人に伝えると、教えられた通り、毎日試した。2,3週間すると効果が出てきて、数か月後には歩けるまでに快復したそうだ。」 アンネマリー「良かったわね。」 ホッとした様子で微笑むアンネマリー。 子どもの怪我や病気の話は胸が痛む。 「それで、おじいちゃんと劇場はどうなったの?」 「ヴィクトールさんが解決してくれた。一緒に銀行へ行くと、手の平を返したように追加の融資をOKしてくれた。信頼出来る建設業者を紹介してくれて、工事をやり直した。」 イヴィ「そうだったの・・・。」 「父とヴィクトールさんはそれ以来信頼関係にあった。父も最初は経営の事など素人だったんだ。税金や株や、様々な事をヴィクトールさんが教えてくれたそうだ。」 イヴィ「今の劇場があるのもヴィクトールさんのおかげなのね。」 「ヘンドリクス家はこの辺の地主で、ヴィクトールさんは皆に尊敬されていた。父だけでなく、多くの人に『困った事があったら、いつでも力になる』と言っていた。市長に推薦された事もあるそうだが、健康問題で辞退したと聞いてる。」 イヴィ「それは、残念ね。」 「初めてヘンドリクス家を訪れた時、こんな話をしていた。18世紀後半の、反王室派の革命運動が盛り上がった時、一時的にオラニエ王家がナイメーヘンへ避難して来た。その時もヘンドリクス家は手助けしたそうで、国王に、『これからも人々の手助けをするように。弱き人、困っている人の力になりなさい』と声を掛けられたそうだ。」 アンネマリー「とても良い話ね。」 相づちを打つアル。 「父が『あそこはそういう家だ』と言ったのが理解できた。」 自宅へ戻り、アンネマリーは車でユトレヒトへ帰って行った。 「ヘンドリクス家との繋がりを聞けて良かったわ。おじいちゃんの事も。」 「うん。おじいちゃんはね、皆が戸惑う中、”許嫁”の話に真っ先に賛成したんだ。『実現したら喜ばしい事だ』とね・・・。」 両家は祖父の代から”助け合い”により親しくなり、その”縁”が今も続いている事を、イヴィは嬉しく思った。
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