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六月
高校3年生、夏。学校は受験に向けて一色といったところで、最後の息抜きだとでも言わんばかりに高校生活最後のお祭り騒ぎを僕たちは謳歌していた。正確にいうと僕は別に何か部活動をしているでもなく、クラスでやる出し物が、模擬店がいいだとか、展示の方が楽だとかで喧々轟々の議論と化したホームルームの間もノートの隅に落書きして過ごすくらいの情熱しか持ち合わせていなかったし、僕自身もいかしてるとは言えない冴えない男子高校生で、いかした連中とも関わりはなかったから、恋人なんて存在も勿論なく、でもそれを殊更に残念がるようなタイプでもない、テレビが喜びそうな「今どきの若者」だったから、最後の祭りを謳歌していたのは僕の周辺の連中であって、あくまでも僕はそのおこぼれを「くれると言うなら貰っておきます」といった具合に享受している程度のものだったけれど。
教室の窓は全て開けられているというのに、入ってくる風が温いから何も効果がない。できることなら早い所この空間から解放されて、空調の効いた図書館にでも行って模試に向けた勉強でもしていたい。勉強はついでで、冷房にあやかる最も大きな顔してられる理由が勉強だっていうだけなのだけど。それでも何もしないわけじゃないし、そういう利益を貰ってもいいんじゃないかと思う。少しずつ大人と呼ばれる年齢に近づくにつれて、多少の狡さも身につけてきている気がするから僕はちゃんと大人になれるだろうなと何となく安心する。20歳まであと3年ともなると、どうせ20歳になったからって何かが急に特別変わるわけでもないんだろうってことがわかってくる。中学校を卒業した時は5年後にクラスメイトたちと出会うとしたら、全員どんな風になっているだろう?自分はどうなっているのだろう?と何一つ予測できないような気がしたものだけれど、今なら卒業後に成人式は2年後だ。今更猛烈に成長期を迎えるなんてこともほとんどの場合ないだろうから、大体全員のディフォルメを想像することが容易いのだ。そう考えるといまいち盛り上がりに欠けてしまうのである。
ずっと友達でいられると信じていた中学の同級生とも、高校が変われば疎遠になった。休みの日や放課後に約束して会ったとしても、それぞれの学校生活があって、共通するものが少しずつ減っていくのだ。無理もない。この高校生活だって、友人と呼べる奴がいないわけじゃない。でも高校を卒業した後なんて、中学を出るよりも遥かに多くの選択肢がある。ばらけるのが必然というものだし、それで誰が悪いとかいうものでもない。5年とか、10年とか大きな時間が経って、その時にそれぞれの昔話をして互いを面白おかしく見れるような人間関係を構築できてたら充分である。
近しいはずの人間同士で勝敗を競うなんて今の時代もう流行らない。それを怠惰だと言うならば言えばいいし、勝ち負けに拘ることが好きな人たちは好きなようにやればいい。僕は僕の好きなようにやってきているし、これからもそうするつもりだ。頑固だとよく言われる。自分でもわかっている。けど直すつもりもない。「そんなんじゃいつか苦労する」と親や担任にはよく言われるけれど、苦労をした経験も幸い今の所ないし、必要性を感じていないから。だから僕は別にこのホームルームをサボタージュするつもりもないし、かと言って積極的に何かを発言するつもりもない。相変わらず何も決まっていない青春の時間を、怒鳴ったり笑ったりしながら多くのクラスメイト達は謳歌している。
「三下」
結局何が決まったのかよくわからないホームルームが終わって、帰ってもいい時間になったので僕は鞄に机の中身を流し込んで席を立ったところで名前を呼ばれた。
「菅井、どうしたの?」
クラスメイトの彼は軽音楽部に所属する菅井。出席番号順で縦に並ぶと、隣同士になることが多々あったので、見知った仲である。
「相変わらずいつも大荷物だな」
軽音楽部の彼はギターをいつも背負っている。身長の半分くらいありそうなギターをリュックサックみたいに背負って、よく後ろに引っ張られないでいられるものだと密かに感心していたが、彼の他にも軽音楽部の人間で同じような大荷物で平然と歩く生徒をたくさん見ているので、多分こんな疑問は口にしても伝わらない気がしているので一度も尋ねたことはないけれど。
「お前、当日ってなんか予定あんの?観に行きたい場所とか」
「いや、特にない」
「じゃあ俺らのライブ観に来てくんない?卒業記念ってことで、3年は毎年ちょっと長めにやらせてもらえるんだ。客少ないとアレだからさ。嫌じゃなかったら」
「ああ、いいよ。音楽は別に嫌いじゃないし」
「まじか。よっしゃ!ありがと!ってか、お前音楽好きだったんなら軽音入ればよかったじゃん」
「いや、聴くのは嫌いじゃないけど、自分でやりたいとは思ったことないんだよな」
「そっか。まあ、もう卒業だし今更だけどな。じゃあ明日チケット渡すよ」
「うん。楽しみにしてる。あんま激しいやつとかじゃないんだろ?」
「なんだ?でかい音とかダメだったりする?」
「いや、映画館も行くし、そういうのは問題ないと思う。ただ楽器破壊したりとか、口から水吐き出して客にかけるようなパフォーマンスもあるって聞いたことがあるから」
「そのレベルのものはやらないから安心しろよ」
そう言って「じゃーな」と手を振り笑いながら菅井は去って行った。このまま音楽室に向かって、学校祭のステージに向けて練習するのだろう。彼は彼の理由と世界を持っている。だから尊敬できる相手だ。同時にほんの少しだけ、嫉妬に近い感情を抱いてしまう時もあるのだけれど。でも僕は決して彼を嫌いではない。
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