個人授業

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 俺はこの地域のCSW、コミュニティソーシャルワーカーだ。ウチの市ではCSWは社会福祉協議会から、中学校区に1か所づつある公民館に派遣されて、そこを拠点に活動している。  子どもでも、お年寄りでも、歩いて来れる公民館は、本当に困っている人の相談場所としては最適だ。それに、お稽古に来る、マダム達からの情報の宝庫でもある。  それらをしっかりキャッチして、行政からは見過ごされそうな人たちの、セーフティネットを張るために、俺は日々働いている。と言っても、この辺りに、深刻なケースは殆どないのだが。  俺はこの公民館に赴任して6年目になる。この地域は旧村と新興住宅地と公団が共存していて、前の2つの地域の人はどちらもワリに裕福で、心に余裕の有る人が多い。公団には色んな人が住んでいるが、それでもよその市に比べたら大変な人は少ない方だ。  そんな地区にある公民館は、古いながらも赤レンガ風の造りで、とてもお洒落だ。俺はこの場所をかなり気に入っている。特にお気に入りの場所は、公民館の図書室だ。  うちの図書室はすごく古い。公民館が築40年でその時からあるのだから当然だ。蛍光灯は微妙に暗いし、カーペットは色褪せて、あちこち擦り切れている。冷暖房の効きも悪い。  でも、何故かとても居心地がいい。季節で変わる切り絵の飾り付けや、特集棚のディスプレイの効果が半分はあるのだと思う。  そして残りの半分はそれらを作り出している、図書アルバイトの幸田さんの力だと思う。  幸田さんはそんな風には見えないが、大きなお孫さんがいる。パソコン画面を見る時に老眼鏡を使うので、俺は彼女がアラ還だというのを思い出す。 「お疲れさん、西野君。ミユちゃん、待ってんで。」  予約図書を捌きながら、幸田さんは老眼鏡の隙間から俺を見た。幸田さんは、一見、ちょっとコワい。話し方は大阪のおばちゃん丸出しで、服装も原色を組み合わせることが多い。流石に、豹柄を着てきたことは、まだないが。  だけど、俺が落ち込んでそうな時は、黙って飴ちゃんを差し出してくれる。「図書室は飲食禁止ですよ」と言うと、「飴ちゃんぐらいでゴチャゴチャ言いな」と怒られる。  それで俺はどういう訳か元気になる。幸田さんは、もうおばあちゃんだが、「姐御」という言葉がしっくりくる。  図書室常連のおじいちゃん達の中に、幸田ファンが沢山いるのもわかる気がする。
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