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バクは人の夢を食っては腹をぱんぱんに膨らませ、丘の上に一本だけ生えている大きな杉の木の下で横になってうつらうつらとしていました。
すると、急に空が真っ暗になり、ごうごうと不穏な音が聞こえてきました。
バクは夕立の夢だなんて嫌な夢を食っちまったと文句を言いながら、おそるおそる木の下から顔を出しました。
だけど空には雨雲でもケツァルコアトルスの群れでも、はたまた飛行船というわけでもありませんが、丸い巨大な何かがぷかぷかと浮いていました。
よく見るとそれはくじらでした。ごうごうとした音は、どうやら空のくじらの歌だったようです。
空のくじらはひときわ声高らかに歌い上げると、頭の上から氷を粒を吹きました。
氷の粒は気持ちのよい昼の陽に照らされ、きらきらときらめき、やがて溶け、夕立のようにバクに降り注ぎました。
バクはかんかんに怒り、足をじたばたさせました。空のくじらはその姿をあざけ笑うかのように一声あげ、真っ白い雲の間に消えていきました。バクはひとしきり怒り終えると、ほうらやっぱ嫌な夢だったとふたたび木の下で横になりました。
その後もしばらくバクがふて寝を続けていましたが、やがて喉が渇いたので近くの川の水でも飲もうかと起き上がりました。
すると、目の前にはどこから来たのか、アコーディオンにバイオリン、ブズーキ、小太鼓、ブリキ笛などを携えた楽団が目の前で愉快な音楽を奏でていました。
バクは大喜びで飛び上がりました。ちょうどバクはアイリッシュダンスが大好きだったのです。
小太鼓の男が双頭のばちで子気味よいリズムを作りながら、バクに踊れと目で合図をやりました。
バクは眠気もさっきの不運も忘ると、意気揚々と日向に出、タカタカというリズムとともに、緑の草がたっぷりと茂った地面をひずめでぼふぼふと打ち鳴らしました。
その様子を見て楽団は楽しそうに笑いながらどんどんと音楽のテンポをあげていきました。バクも負けじと足を忙しなく動かしました。それを見て楽団はもっとテンポをあげました。バクも負けるものかとまるで熱した鉄板の上に立たされているかのように足をばたつかせました。しかしとうとうバクは疲れ果てて草の上に倒れこみました。
それを見届けると、楽団は一斉にどっと笑い声を上げ、椅子と楽器を持ってどこかへと消えてしまいました。
バクはなんて嫌味な夢を見る馬鹿がいやがるんだと、ふらふらになりながら木の下に転がり込み、また寝息をたてはじめました。
すっかり疲れてしまったバクはしばらく目を覚ましませんでしたが、やっぱり喉が渇いたので近くの川の水をたくさん飲んでやろうかと起き上がりました。
すると、どういうわけか地平線まで緑が茂っているはずの草原が、バクの寝ていた木陰を除いて、あたり一面の花畑に変わっているではありませんか。ヒマワリをはじめ、アネモネ、ネモフィラ、マリーゴールド、バラにチューリップ。それはもう数え切れないほどの花々が咲き乱れていました。
バクは大喜びで飛び跳ねました。それもそのはず、バクは花がなによりも大好きなのです。
これはいい夢をいただいたとバクは木陰から飛び出し、まずはヒマワリに手を伸ばしました。
しかし、ヒマワリはバクに掴まれた途端、たちまち枯れ果ててしまいました。
バクはそれに驚いて思わず手を引っ込めましたが、それならばと今度はアネモネを摘もうとしました。
しかし、アネモネもまたあっという間にみずみずしさを失い枯れてしまいました。
バクは地団駄を踏んで怒り、今度こそはと空を塗ったように青いネモフィラをつまみましたが、やっぱりネモフィラも砂のように粉々に枯れてしまいました。
バクは我を忘れて次々と花々を引き抜こうとし、枯らしていきました。杉の木を離れ、丘を下り、花畑を荒野に変えていきました。
息も絶え絶えなったバクは走るのをやめ、枯れた花々の上に座り込みました。
すると、右でも左でもなく、どこからかバクを罵ったり、あざ笑うたくさんの人々の声が聞こえました。バクはびっくりして耳を塞ぎましたが、その声はよりいっそう大きくなっていきました。バクはすっかり縮こまってしまいました。
でも声はもっともっと大きくなり、やがて亀のように丸まったバクに上からでも下からでもなく、四方八方から丸めた紙やらパンくずやらを次々と投げつけられました。
ひとしきり屈辱を受けたバクは、一瞬の隙をついて立ち上がり逃げ出そうとしました。
でもそれは叶いませんでした。一つの白いテープが、人の夢をたらふく食べ、丸々と膨れ上がったバクの腹にぶち当たると、たちまちバクの腹は針で突かれた風船のように破裂し、たくさんの夢がバクから逃げていきました。
バクは顔を真っ青にして破れた腹をそのテープで貼り止めようとしましたが、とうとう泡を吹いて死んでしまいました。バクの夢はこれでおしまいです。
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