つつじさん。

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 ***  その一週間後くらいのこと。あたしにとっては、より忌々しい事件が起きたのである。あの原田萌美が自動車で事故を起こし、片足を複雑骨折する大怪我をしたのである。  それだけなら文字通り“バチが当たったんだよバーカ!”と思うことも出来たのだが。何が腹立たしいって、足が不自由な萌美を春が積極的にサポートするところを、オフィスで散々見せつけられる羽目になったということだ。  彼女の車イスを押す春、抱き上げて椅子に移す春。その全てが、あたしの怒りに触れることとなるのである。何が最悪って、ちょっと目が合うたび萌美が勝ち誇ったらように嗤ってくるということだ。  我慢の限界だった。あいつを懲らしめなければ、腹の虫が収まらないというものである。 ――嘘でもなんでも構うもんか!あいつをざまぁしてやるためなら何だってしてやるんだから!  そして今。会社の帰りに、あたしはいつもは通らない道に立っているのである。目の前には、鮮やかに咲き誇るピンクのツツジの植え込み。この道は表通りの裏になっていて、人通りが少ないことをあたしはよく知っていたからだ。  都市伝説とやらを、試すにはちょうどいい場所である。 「“つつじさま、つつじさま……”」  あたしは鬱々と、呪うような声で言葉を唱える。 「“あたしから春さんを奪う、あの女が憎いです。原田萌美を春さんから遠ざけたい……懲らしめてやりたい。力を貸してください。つつじさま、つつじさま……”」  ざわり、と。春先の空気が、急に冷たくなったような感覚を覚えた。全身の肌に、ぷつぷつと微細な穴を開けられていくような不快感。何、と思って周囲を見回し、再び植え込みに眼を落としたあたしは――ぎょっとさせられることになるのである。  植え込みの、ピンクのツツジが――まるで別の物に変わっていたのだ。  白い花に、ぽつぽつと浮かび上がる、まるで血飛沫のような赤い模様。いつの間にかあたしは、そんなおぞましい模様のツツジが咲き誇る道に一人、ぽつんと取り残されていたのである。  花以外の景色は何も変わっていなかった。それでも、空気に見えない暗い色がついたかのよう。重苦しくのしかかってくるそれに、あたしは確信した――どこか、この世ではない場所に飛んでしまったに違いない、と。
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