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0.偽りの始まり 浮かぶ真実
始めは銃だった。
気が付いた時には銃を握っていた。少年にとって戦うことは普遍的なもので、殺すということは倫理に適うものだった。
よく殺せば食事をもらえたし、拷問の方法も教わった。
大人が時折年端もいかない子ども痛めつけている横で銃を解体し、汚れを取る作業も手慣れたものだった。
もし自分と同じくらい、あるいはそれより下の子どもが敵となって現れたら確実に殺す。麻薬を使っている――いや、使わされている――ので痛みに鈍感になっているからだ。
死ぬまで敵は撃って来る。
死ぬまで敵でいようとしてくる。
だから子どもは絶対殺すんだと、えらく親切にそのことを教わった。少年はそういった教えを、確実に吸収した。
彼は優秀だった。優秀でいる努力をした。
教わった技術を、見てきた技術を少年は確実に覚えていく。全てをどん欲に覚え、実行し、そして殺していった。
生き残ることで、優秀さを証明し続けた。
だがそんな優秀性を否定するように光と影はやってきた。
部隊の人間がほぼ全滅させられ、少年一人になったところで、敵が今までと格の違う相手だと悟る。人間とは思えない驚異的な速度で、次々と仲間が倒されていくが、敵が何人なのかさえわからない。
少年に恐怖はない。機械的な思考のみが少年の生存目的であり、戦闘理由だ。だからこの時も冷静に敵を捜し、囲まれないように廃屋へ逃げ込む。
廃屋は籠城するには穴だらけだった。その上逃げ道を自ら塞ぐ行為に他ならないが、撃たれるリスクを少しでも減らすことが先決だ。
銃声が聞こえる。自分を狙ったものか、全く関係ないものか。
埃っぽい空気を吸いながら、少年は突撃銃――使い古したAK―74――を形だけの玄関に向ける。呼吸を抑え、脈拍を鎮める術を独学で学んでいた彼は、この危機的状況にもすぐに対応していた。
吸って、吐いて。
やがて敵が見える。ありたっけの弾を叩きこもうと、引き鉄を絞った。粉微塵にしてやろうと、途切れない銃声が響く。
だがまるで敵にはまるで通用しない。
一切の無駄を排除した動きで少ない遮蔽物でこちらの弾をやり過ごす。
当たらない。壁の隙間を縫い、敵はぐんぐんと近づいてくる。身のこなしが人間だと思えない。
誰だ?
いつもならとっくに殺せているはずなのに、向こうは持っている銃を使いもせずこちらへの接近を容易く遂行していた。
誰なんだ?
やがて弾が尽きる前。
敵の左フックに引っかけられて――速すぎて正確には視認できないが――突撃銃があっさり奪われる。腰のナイフで抜きざまに切りかかろうとしたが、小さな手が柄の感触を覚えた瞬間には、身体中を衝撃が襲った。
近くの壁に背中から激突した。何をされたかもわからない。
衝撃に小さな身体に収まる骨が軋み、肺の酸素が外へと一気に吐かれた。
気管が詰まって何度も咳をする。血を絡ませた唾液が唇の端から流れ、目尻には涙が浮かんだ。背中が鈍く痛んだ。
苦しみの中顔を上げると、敵は目の前にいた。
外から漏れる光に包まれる敵は、皓皓としていてどこか清らかだった。これは天の使いで空に召すために派遣された天使の類じゃないかと頭をよぎった。
敵が銃を構えるが少年に恐怖はない。生きることに大して意味がないのだから死ぬことに意味などない。
虚ろな目で相手を見上げる。そこでようやく相手が男だと気付いた時に、相手は銃口を少しだけ持ち上げた。
光に包まれる男。
光が殺そうとする。世界を白く染めようとする。
命すら蝕んで。
死ぬのか、と他人事の感想を漏らしたところで。
影が少年を覆った。魂を溶かす光から少年を守ろうと、誰かが二人の間に割って入っていた。
自分を殺そうとする光、自分を守ろうとする影。
両方が同時に動くのが目に映る。銃声がレガートみたく重なり合って、目的不明の二人が殺し合う。
そこで先ほどのダメージが今頃来たのか、少年の意識は途切れた。
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