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最終話【担当医】
前略。去年の秋……俺――山瓶子麒麟はリビングデッドになった。
「雪豹先生、おはようございます」
「麒麟さんっ! おはようございますっ」
年明け現在。俺は定期健診の為、いつもの病院に通っていた。
受付を終えて、名前を呼ばれた後に担当医が待つ診察室へ行き、普遍的な挨拶をする。
それを終えてから、俺達は世間話をした。これもある意味で検査みたいなものだろう。
「年末年始休みも終わったと思いますが……職場では、その……大丈夫、ですか?」
「あぁ、そのことでお話が」
色々なことがありすぎた二人っきりの忘年会。そこでの会話を律儀に憶えてくれていた雪豹さんに、俺は笑みを返す。
「変な意地を張るのはやめました。開き直って、自分はリビングデッドだとしっかり公言し、他種族だと全面にアピールして過ごしてみると、予想以上にストレスフリーです」
「え、あ、す、凄い……ですね?」
「はい。吹っ切れましたので」
そもそも、何も悲観することなんてなかったのだ。
リビングデッドになることを選んだのは自分で、そんな俺を受け入れてくれる最愛の恋人がいる。
なら……どこに怒って、どこに悲しむ要素があるだろう。
「年末から、結構気が楽になりました。雪豹先生のおかげです」
「あ、えっと……特に、ボクは、何も……っ」
「感謝しています」
……というのは、患者としての本心だ。
診察結果を書く雪豹さんを見つめていた俺だったが……椅子を立ち、そのまま雪豹さんに近付く。
すると、俺の接近に気付いた雪豹さんがビクリと上体を跳ねさせた。
「――ひぁっ! な、なな、き、麒麟さ――」
「しーっ」
口元に指を当て、雪豹さんを黙らせる。大きな声を出したら看護師が入ってくると気付いた雪豹さんが、口を閉ざして数回頷く。
「吹っ切れたついでに……今年の抱負を聴いてほしいのですが、いいでしょうか」
「は、はい……っ?」
小さな声で返事をした雪豹さんが、小首を傾げる。
そんな雪豹さんに顔を寄せて……至近距離で、囁いた。
「――今年は、貴方を抱きます」
「だ……っ!」
「具体的には上半期でキスまで進展し、ある程度スキンシップに慣れてもらい、触った程度では体が融けないようになってから、交際一年記念日には一線を――」
「麒麟さんっ!」
雪豹さんの一喝で、綿密に練ったプラン提案を遮られる。正直、若干不服だ。せっかく年末年始休みに一人で考え抜いたというのに……ム。
けれど、焦ることではないだろう。
「というわけで……今後もよろしくお願いしますね、雪豹先生」
雪豹さんは雪男だから、きっとまだまだ長生きする。
俺はリビングデッドだから、当分死なない。
そんなご長寿になりそうでしかない俺達なのだから、焦る必要は全くないのだ。
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