その値段は180万円

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その値段は180万円

今年の甲子園も熱かった。 やはり、球場で見る生の試合は迫力が違う。 わざわざ休みを取って、遠くに来た甲斐があるというものだ。 もちろん甲子園だけでも大満足ではあるが、俺には決めていたことがある。 「いらっしゃいませ」 しっとりとした女性の声が、俺を出迎える。 先ほどまでの熱気とは真逆の、ひんやりとした空気が心地よい。 店内は清潔に保たれ、ショーケースが並ぶ。 ショーケースの中に並べられているだけで、その値段以上の価値に見えるから不思議だ。 まるで出来立てのように磨かれた時計が、行儀よく整列している。 高級時計。 もちろん、ネットで十分に予習はしてきた。 俺が欲しいのは『サブマリーナ』。 かのジェームズボンドが身に付けていたあの時計。 あんな渋い年の取り方をしたい。 俺にとっての憧れだ。 『サブマリーナ』と書かれた札には、1の隣に0が6つ並んでいる。 しかし俺がここで選ぶのは、欲しかった『サブマリーナ』ではなく『デイトナ』だ。 『デイトナ』の札には、「1,800,000円」と、『サブマリーナ』よりも大きな数字がしっかりと刻まれていた。 どの時計にも同じくらいの0が並び、自分の感覚が麻痺していくのがわかる。 店員に声をかけ、『デイトナ』を購入する意思を伝えると、早速、手続きのための書類が準備されていく。 ローンを組むのも初めてだ。 この『デイトナ』1つで、俺の5年間が捧げられる。 『サブマリーナ』であれば3年だったが、俺は5年の『デイトナ』を選ぶのだ。 印鑑を持つ手が震える。 俺は覚悟してこれを買いに来たのだ。 とは言うものの、これからの5年を捧げる書類を目の当たりにすると、真っ暗闇が広がったような感覚が俺の全身を襲う。 甲子園を見て気分を高揚させてきた。 今日は、これを手に入れるために決めてきた。 俺は、力強く判を押した。
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