その値段は180万円

2/2
前へ
/2ページ
次へ
「えっと……。なんで…その、なんだっけ。サブマリーナ? ってやつ買わなかったの?」 同期は、俺の話がまるで理解できないという表情で、眉間にシワを寄せる。 「『デイトナ』の方がその時人気だったから」 目をまんまるとさせ、その大きな目玉は今にもこぼれ落ちそうだ。 「いや、もう余計に意味わかんない。欲しかったのは、ジェームズボンドの方なんでしょ?」 「いや、意味はあるんだよ」 「はぁ? でも、そんな大層な時計つけてるの見たことないんだけど」 その視線は、俺の手首に巻かれた5000円の時計が独占している。 「いや、もう売ったからないよ」 「はぁ?」 同期は、水滴がいくらか飛んだほど、飲んでいたコーヒーを強めに置いた。 「『高い時計』ってやつを、買ってみたかったんだよ」 同期がコーヒーから手を離し、おもむろに椅子の背もたれに体重をかける。 「ないわー。……新入社員でよくそんなことできたわ」 俺は手首を眺める。 そこには、控えめながらも鎮座するしっくりと来る時計がある。 たしかに、俺のもとに『デイトナ』はもう存在しない。 俺はあの日、『高い時計を買う』という経験を買いに行ったのだ。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加