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11 (柾視点)
山田がボイスレコードの録音ボタンを押したところで、インタビューがスタートした。
だいぶ使い込まれたような、緑色のソファには、結城とベースのタケが座っている。タケの方はライブで相当消耗したのか、肩で息をしている。額から顎までダラダラと汗が流れている。
他の三人は座るところがないので立っている。彼らも汗をかき少し怠そうにしているものの、タケほどではない。
「それではまず、リーダーでヴォーカルのヨースケさん、お願いします」
「はい、よろしくお願いします」
ヨースケが友好的な笑みを浮かべ、軽く会釈をした。ロックバンドをやっている割に、品行方正な印象だ。
真ん中に固定していたズームを、望遠側に切り替え、ヨースケの顔がはっきり撮れるようにする。
「今回のライブも大盛況でしたね。偶然にも今日は、トリガー結成二周年の日だとか」
「はい、お陰様で」
「ここ数か月で固定ファンが一気に増えているようですが」
「そうですね。ぶっちゃけ、曲の傾向が変わったからでしょうね」
「どういう風に?」
「前はマニアックだったなと。もう少し聴きやすくてメロディアスな曲も俺は歌いたいと思っていて。でも、そういうのを作れる奴がいなくて。俺も含めて」
「――そんなときに俺が現れたんだよね」
急に明るい声が飛んでくる。
緑のソファに座ったまま、結城が軽く手を挙げていた。嬉しそうに笑いながら。
「ああ、そうだよ」
ヨースケが苦笑しながら返事をする。他のメンバーも笑って頷いている。
「では、四月に発表した『インナーライト』は、あなたが? 失礼ですがお名前は……」
山田が結城のいるソファに体を向けた。
「結城実紀と申します。シンガーソングライターです」
一応ね、と付け加えて、結城が笑う。
「どういう経緯で楽曲提供をされるようになったんですか」
山田の興味が、ヨースケから結城に移っているのが分かる。
柾はカメラの焦点を結城に当てた。
「ええと、それはですね――」
ちらりとヨースケの顔を見て「いいの?」と目で尋ねている感じ。ヨースケが苦笑して頷いた。とたん結城が、台本を用意していたかのように、すらすらと説明を始めた。
――すごいな、結城さん。
素直に感心した。良い意味でとても貪欲だ。自分の名を上げるために、仕事を取るために、積極的に自分をアピールしている。
時にユーモアを交えて話すので、楽屋の中は度々笑いが起こった。
結城の説明が終わったところで、ヨースケが愉快そうに口角を上げて話を〆た。
「まあ、そういうことなんで。これからはミリさんの曲をもっと歌っていきたいと思います。ミリさんよろしく。十曲ぐらい持ってきて」
「それは無茶ぶり!」
結城の反応にまた笑いが起きる。
彼のお陰で、その後のインタビューも和やかに進み、メンバー一人ひとりの素の顔をファイダーに収めることができた。
インタビューは三十分で終わった。本当は十分の約束だったのだが、話が盛り上がり長引いたのだ。
エントランスホールを出たところで解散となった。トリガーのメンバーは機嫌よく別れの挨拶をしてくれた。結城は急いでいるようで、柾に話しかけてくることもなく、コンビニ方向の道を走っていく。
「なんだ、柾。残念そうな顔して」
隣に立つ山田が、肘を小突いてきた。
結城が去っていった方向を見ていただけだ。残念て、何だ。
「結城さんには感謝だな。良いインタビューができた」
「そうだな」
自分はありがとう、と結城に言いたかったのだ。結局、性能の良い耳栓を貰ってしまったし、インタビューの席ではムードメーカーになってくれた。
山田が良いインタビューを取れたように、柾は良い写真が撮れた。いや、まだ仕事は終わっていない。
「さあ、飲みに行くか」
山田が機嫌良さそうに伸びをして、歩き出す。
「俺はいい。このまま帰る。早く現像したい」
「え? 奢るよ? ちゃんと」
「また今度な」
きょとんとしている山田に手を振り、柾は渋谷駅に駆け足で向かった。
一刻も早く、自分が撮ったものを見たいと思った。なんだかワクワクしている。
早くアパートに帰って、風呂の暗室を作って現像しなくては。
自然と口元には笑みが浮かんだ。
ここ最近はなかった、撮影後の高揚感。
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