1日目

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1日目

バイト帰りのことだった。 特にこれといって代わり映えのない見慣れた住宅街でお気に入りの曲を聴きながら自転車を漕いでいた。時刻は午後十時をすぎたくらい。この時間になると人通りはほとんどない。思わずイヤフォンから流れる曲をノリノリで口ずさんでしまい、誰かに見られてないかと恥ずかしくなって辺りを見回した。 近くには誰も居ないようだったが、少し先の歩道橋に突っ立っている女の子が見えた。遠くて暗いので顔はよく見えないが、白地に赤の襟という特徴的なカラーリングのセーラー服を着ているので、すぐに同じ高校の人だとわかった。 こんな時間に誰だろう? バイト帰りに同じ高校の人初めて見たなあ。 そんなふうに思って、俺はしばらくその子をぼーっと眺めながら自転車を漕いだ。 歩道橋の近くまで来ると、その子が隣のクラスの染川さんだと分かった。去年文化祭の実行委員で少し喋った程度で、あまり交流がある子ではなかった。向こうはこっちに気付いていないらしく、気付いたとしても記憶にあるかどうかは怪しい。 知り合いだったら声をかけようと思っていたけど、そんなに親しい中でもないし通り過ぎようと視線を逸らそうとした時だった。不意に染川さんは、歩道橋の柵の部分に右足を引っ掛けるよう乗せた。俺はビックリして、思わず急ブレーキをかけた。もう一度しっかり確認すると、既に柵をまたいでいる状態で、残ったもう片方の足も柵の外に出す勢いだ。 俺は慌てて自転車を投げ出し、必死に歩道橋を登った。上に着いた時には柵の上におしりを乗せただけの状態で殆ど柵の外側に体を出していて、俺はパニックになりながら染川さんに駆け寄った。 「ダメダメダメダメ!!! ダメーーーーーー!!」 突然大声を上げながら近寄ってきた俺に驚いたのか、染川さんはこっちを見て固まっている。 俺は咄嗟に腕を掴んで、染川さんに必死に訴えた。 「危ないよ! 落ちるよ! きっと痛いよ! 一回落ち着こう?!」 全く落ち着いてない人に一回落ち着こうと言われても説得力は無いだろう。でも俺の乏しい語彙ではこの説得が限界だった。 あまりに慌てた俺を見て染川さんは少し笑った。 「えっと、若島くん、久しぶりだね。若島くんも落ち着いて?」 あまりに冷静な口調で言うので、俺は思わず固まってしまった。 自殺するのかと思ったけど、そんなつもりはなかったのか? ドラマやマンガで良くある、自殺を止めようと思ったら勘違いで恥ずかしい思いするやつ? そう気付いたらあんなに必死だった自分が恥ずかしくなり、ゆっくりと手を離し数歩下がった。 「あ、ごめん。勘違いしてた。てっきり自殺するのかと……」 「ううん、別にいいよ。実際するつもりだったから」 俺は人生中で一番素早い動きで、染川さんの腕を再び掴んだ。 「止めよう?! 考え直そう?! なにか辛いことがあったの?! 俺でよければ聞くよ?!」 「辛いことがあった訳じゃないんだけど……」 「いいよ! 楽しい話でもいいから! 取り敢えずこっちきて話そう?!」 そうしてやっと柵から降りて、染川さんは歩道橋に戻って来てくれた。 未だに心臓がバクバクで、気付けば滝汗かいている。額から滴り落ちる汗をシャツの襟で拭いながら、染川さんの様子を伺った。 もう道路の方を見てはいなく、不思議そうな顔で俺を見つめている。 「えっと……で、どうして自殺なんか…? 学校で嫌な事あった?」 「うーん、何もないよ」 「何もって……それで自殺はしないでしょ」 「本当に何もないんだよ。だから自殺してみようかなと思って」 はぁ? もう一言一句訳が分からない。 「俺には理由言いたくない感じ?」 「そうじゃなくって……退屈だから死んでみようって思ったの」 「退屈……」 「毎日学校行って、友達と会って、帰ってご飯食べて寝て、同じ事をしてるだけって、すごくつまらないと思わない?」 「思うけど……でも死んだって面白くはない気がするなぁ」 「そうだよね。でも急にくる非日常ってみんなにとってはサプライズじゃない? 若島くんは気にならない? 自分が死んだら、みんなどんな反応するのかなって」 やばい、考え方がやばい。 俺は一切気にならないし、根本的に死んだら周りの反応なんか知り得ない。これじゃあサプライズも何も本末転倒だ。 「それ、なんかおかしくない? 普段がつまらないなら面白い事探せばいいし、自分で面白いこと作ればいいんじゃないの?」 俺がそう言うと、染川さんは視線を道路の方へやった。 「若島くんもそう思うよね。だから自殺体験してみようと思う」 そう言ってまた柵の方へ歩き出すので、俺は染川さんの手を掴んで必死に止めた。 「面白いことの作り方なんて違う方法もあるから!! 先に他の方法試そう?! 自殺したら他の事は出来なくなるから!! 優先順位的に一番最後じゃん?!?!」 それを聞いた染川さんは、目を見開いて歩みをとめた。 「そっか……そうだね。若島くん賢いね」 賢いとかじゃなく普通の思考だけど…… と思ったが口には出さないようにした。 「でも私の頭じゃ自殺以外思い付かないから…若島くんも一緒に考えてくれない? 退屈じゃない非日常を作る方法」 「え?」 「例えば何が出来るかな? 明日から」 「明日から?! え、えっと…」 明日からできる非日常をすぐに問われてパッと答えられる人がいれば教えて欲しい。 少なくとも俺の貧しい発想力では、この答えしか出てこなかった。 「誰かと付き合ってみる……とか……?」 暫くの無言。自分で言っておきながら、なんて不用意な発言だったのかと、とてつもなく後悔した。このタイミングでこの提案は色々おかしい。まず染川さんに彼氏がいない前提で言ってること。それから恋愛すれば日常が非日常になるかと言えば微妙であるところ。もっと言えば、明日から直ぐに実行できることではないところ。けれど恋愛に疎すぎたせいで自分にとって一番理解から遠い日常が恋愛だったため、こんなトンチンカンな発言をしてしまった。 訂正しようと口を開いたタイミングで染川さんがこう言い放った。 「じゃあ、若島くんが付き合ってくれるの?」 「え?」 「え?」 え????? 「だって明日から出来る事だよ?明日までに付き合う人なんてすぐ見つからないよ」 「え? そこなの? というか俺でいいわけ…?」 「うーん、若島くんて退屈そうじゃないし、面白くなるならそれでいいかな。まあ若島くんが嫌なら先に自殺体験するけど」 「それって俺が断ったら死ぬって意味……?」 「若島くんが面白い事考えてくれなきゃ自殺してみようかなと思っただけだよ」 ええっ…… 「じ、自殺は困るから…じゃあ取り敢えず次の面白いこと見つかるまでは付き合うよ…」 「わぁ、ありがとう! 若島くんって優しいね!」 「…は、ははは…?」 こうして俺と染川さんの奇妙な関係が始まってしまったのである……
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