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14日目
絶好のお出かけ日和だ。日曜日の動物園は、たくさんの家族連れで賑わっている。
「おまたせー」
染川さんが手を振りながら駆け寄ってくる。俺は真っ先に首からぶら下げられたそれに目がいった。
「それ、カメラ?! 買ったの?」
「えへへ、ビックリした?」
染川さんは、小さな茶色の可愛らしい一眼レフカメラを自慢げに見せびらかした。
「沢山撮ろうと思って!」
確かに写真を沢山撮るのが今回の主な目的とはいえ、まさか一眼を用意してくるなんて。さすが社長令嬢と言ったところなのか、気合いの入れ方が違う。俺自身写真やカメラに詳しいわけじゃないけど、一眼ってそんなに簡単に買える値段じゃなかった気がする。
まあ染川さんも折角気合い満々なわけだし、早くカメラも使いたいだろうからと、話も早々に園内を回ることにした。
パンダ、ゴリラ、キリン、ペンギン、フラミンゴ……。沢山動物を見て回ったけど、染川さんは動物の写真を全然取らなかった。街路樹とか、自販機とベンチとか、俺の背中とか、なんか目立たないものばかり撮っている。
「動物は撮らないの?」
俺がそう聞くと、染川さんは首を傾げた。
「撮らないわけじゃないけど……。なんかこう、絵にしたら面白そうな子がいないんだよね」
「絵にしたら面白そう……?」
染川さん語はたまに解読不能だ。
「動物園の子達って可愛いんだけど、撮られ慣れてる感? っていうの? 自然な感じじゃないんだよねぇ」
そりゃあ野生動物じゃないからそうだろうけど……。人馴れしてるだろうし。
「あとね、私どっちかって言うと風景画の方が得意なんだよ」
「それって、水彩画の話してる?」
そう言えば染川さんは一番続いた習い事が水彩画だったと言っていた。前に特技の話をした時も、水彩画の筆を触っただけで当てられると言っていたし、もしかして染川さんは水彩画が好きなのではないだろうか?
「え、水彩画の話してた?」
「え? してないの? だって明らかに……」
本当に染川さんは難解だ。最初の頃はそう思ったけど、最近になって、難解じゃなく単純なのだと知った。これも、単純な見落としが逆に難解に感じさせているのかもしれない。染川さんはさっきから明らか写真じゃなくて絵の話をしている。きっと染川さんが絵を書くのが好きだからなんだ。でもそれに気付いていないのは、自分が水彩画を好きな事に気付いていないからかもしれない。
「ねえ、染川さん。近くに美術館があるんだけど、そっちに行ってみない?」
「え?! 美術館?!」
案の定、染川さんは、目をキラキラさせて食い付いた。
動物園とは違い、少し落ち着いた雰囲気の漂う美術館。俺は美術に疎いから、学校の校外学習くらいでしか来たことない。正直、どう楽しんでいいのかよく分からない。染川さんはというと、並べられた展示品を食い入るように無言で見つめている。
「染川さん、水彩画好きなんでしょ? 美術部とかに入って水彩画やったりしないの?」
俺はなんとなくそう聞いた。すると染川さんは何やら悩ましそうに唸る。
「うーん、そうだねぇ。どうだろう?」
「一回やった事はもうやりたくない?」
「やりたくないと言うか……うーん」
途端に歯切れの悪くなる染川さん。そう言えば前に水彩画教室に通っていたという話題になった時も、あまり触れて欲しくなさそうにしていた。察するに、染川さんと水彩画には何が良くない思い出でもあるのだろう。その何かのせいで、興味はあるけど始められないとか、そんな感じなのかもしれない。
本当は、その正体が何なのか、聞いてみたいと思っていた。けれど、水彩画については幼馴染の宮下さんですら知らない話だったみたいだし、誰にも言いたくない、相当根深い問題なのかもしれない。そんな話に話すようになって数日くらいの俺が、首を突っ込んでいいことでは無いと思った。
俺はそれ以上深く追求しなかったし、染川さんも水彩画の話は続けなかった。
そして、しばらく美術館を回って、当たり障りのない話をして、夕方頃解散になった。
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