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3日目
恋人風日課として、朝の挨拶と一緒に帰宅をすることになった。その会話の一環で、染川さんは部活に入ってないことを知った。勝手なイメージで文化系の部活だろうと思ってたから意外だった。
噂というのは凄いもので、(染川さんが言いふらして無ければ)俺たちの交際を知ってるのは昨日の朝挨拶した時にいた、ギャル風な染川さんの友達だけなはずなのに、今日になったらクラスのほとんどが知ってるんじゃないかって勢いだった。よく喋る友達から全く喋ったことない女子まで、染川さんとの関係について色々質問されて大変だった。
向こうもこんな感じで困ってるんじゃないかと心配になる。しかも相手がこんな地味で目立たない男子なら余計にだろうと思うと申し訳ない。
いや、でも、交際宣言ぶっかましたのは染川さんの方だし、案外困ってないのではないか?
というか考えてみれば付き合うか聞いてきたのは向こうだし、相手は意外と俺と付き合うのに乗り気だったって可能性はないか?
都合のいい妄想かもしれないけどこれなら色々辻褄が合う。そうだよ、冷静に考えて相手だって年頃の女の子だよ? 気の無いやつと付き合うわけないし、恥じらうことなく真っ向から交際宣言なんかするわけない。元々少し俺に気があったんじゃないか?
あったとしたらなんだろう? やっぱり文化祭実行委員の時か? 染川さんと何かあった記憶はないけど、時々業務連絡したし、その中でなにか向こう的に引っかかる部分があったんじゃ?
色々妄想してつい自信を持ってしまった俺は、放課後の帰路で思わず聞いてしまった。
「染川さん、もしかしてだけど、前からちょっとだけ俺の事気になってた?」
はい、自惚れ。そう思っても普通本人にそんなこと聞かない。冷静になって思うとこの発言だけは無い。歩道橋の時の付き合っちゃえ発言と同じくらい無い。自分で言うのもあれだけど、俺って時々軽率な発言をする。本当に良くない。
案の定染川さんは軽く笑いながら
「いや、全然」
と言い放った。すごいバッサリ言った。
「というか、歩道橋で会った時、顔は見た事あるけど名前思い出せなくてちょっと困った」
悪意のない笑みを浮かべ追い討ち。
染川さんは結構物事をストレートに言う人だ。今回の件に関しては俺の発言が悪いんだけど。
「でもクラスも違うんだし仕方ないよね。今も下の名前は分からないし。ねえ、この際だし自己紹介しよっか!」
交際3日目にしてようやく自己紹介……そんなの聞いたことない。めちゃくちゃすぎる……
でも確かにお互いのこと知らないままってわけにいかないし、俺も染川さんの下の名前を知らない。恋人の会話としては明らかにおかしいけど、取り敢えず俺たちは自己紹介をすることにした。
「俺の下の名前は透真。透明の透の字に真実の真で透真」
「若島透真、いいね。韻踏んでる?」
「名前名乗ってそのリアクション返ってきたの初めてなんだけど。あと別に韻踏んでないからね」
「じゃあ私の番ね。ヒントは頭文字がゆだよ」
え、クイズ制?!
てかヒント少なっ!
「もう少しヒント欲しいんだけど……」
「うーん、ひらがな3文字、漢字2文字」
そんな条件の女の子の名前なんて、何通りもありすぎるだろ……
「ゆうこ?」
「違うなー」
「ゆうか?」
「ブッブー」
当たるわけない……
「あ、じゃあ私こっちだから」
そう言って染川さんは分かれ道の方へ歩いていく。
「えっ、答えは?」
「当たるまで教えなーい!」
えぇっ……
無邪気に手を振る染川さん。呆気に取られる俺。これも彼女なりの非日常の一環なのか……? というか俺が染川さんの名前を知る日は来るのだろうか……
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