6日目

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6日目

財布と、スマホと、ハンカチとティッシュと、座って休みたくなった時ように小さめのタオルを持って行こう。俺はいいけど染川さんを地べたに座らせるわけに行かないし。 普段の散歩とは桁違いの量の荷物を準備し、家を出ようとした時、夜更かししてようやく起きてきた姉ちゃんが寝ぼけ声で俺に声をかけた。 「なに? 出かけんの」 「公園行ってくる」 姉ちゃんは俺の格好と荷物を見て不思議そうな顔をする。 「え? 公園? 一人ピクニック?」 確かにいつもなら学校指定のダサいジャージとスマホと財布をポッケに入れた程度で出かけるのに、こんな大荷物にちょっとまともな服(といってもTシャツとジーパンだからオシャレでは無い)で出かけようっていうんだから不審がるのも無理はない。 「別に何でもいいだろ」 染川さんのことを隠したかったわけじゃないけど、色々冷やかされるのも癪だったし、追求される前に家を出た。 「若島くんお待たせ〜!」 染川さんと公園の入口で合流した。大きな公園だから入口が数カ所あるけど、合流するのに手間どることは無かった。方向音痴とかそういうことはないらしい。 「それでそれで? 何するの?」 「んー、散歩って特に何するわけじゃないけど。とりあえずブラブラ歩いて回ろうか」 天気はいいし気温も程よい。気持ち風が強いけど、絶好の散歩日和だ。 しばらく歩いては、道にいたスズメの写真を撮ったり、見慣れない花が咲いていたので後で調べようと思ってそれも写真に撮った。染川さんは不思議そうにその光景を見ていた。 「なんで写真撮るの?」 「なんか、後で見返した時面白いかなと思って」 「面白いのかぁ」 染川さんには言っていないけど、こういう写真は自分が趣味で書いてる小説のネタになるかなと思って集めている。今も何作か執筆して細々とネットに載せているけど、染川さんに見せるほどの作品じゃないから黙ってる。 少し散歩をしていたけれど、俺のネタ収集の写真撮影と歩行に付き合っていたって面白くないだろう。なんかした方がいいよなぁ。そう思っていたら、池のある場所に出た。土日は人が集まるから、池ではボートに乗れたりする。ベタだけど、こういうのに乗ったら染川さんも楽しめるかな? 「染川さん、ボート乗る?」 「ボート? 若島くんが乗りたいならいいよ」 「じゃあせっかくだし乗ろうか」 正直自分はそんなに乗りたくない。ボートを漕いだ事ないし、なんか転覆しそうで怖い。一番の理由は、俺が泳げないからなんだけど。 色々不安のままボートは桟橋から離れていく。オールは俺が持ったけど、うまく漕げる自信はない。とにかく水しぶきを飛ばして染川さんの服を汚すのだけはやめよう。色々考えてたのが顔に出たのか、染川さんがふふっと笑った。 「若島くんボート乗るの初めてなの?」 「あ……うん。実はね」 「あんまり乗りたくなかった? ごめんね、気使わせちゃった」 「いや、全然! むしろ散歩付き合わせちゃってごめんね。退屈でしょ?」 「ううん、そんなことないよ。私だけじゃ気付かなかったもん。道に鳥がいた事も、花が咲いてた事も。もしかすると、私って面白い事を見落としがちなのかもしれないね」 今は小説のネタ集めっていう目的を持って歩いていたから、そんな些細な発見を見落とさなかったけれど、普段何気なくスルーしていることって沢山あるのかもしれない。染川さんに言われなければ気が付かなかった。 不意に強い突風が吹いて、ボートが不安定に揺れた。 「おわぁ!」 俺は情けない声を上げて、ボートの縁を掴んだ。染川さんの前だって言うのに、ちょっと恥ずかしい。顔を上げると、染川さんも同じようにボートの縁にしがみついている。 「び、びっくりしたね。実は私あんまり水が得意じゃないんだ……泳げないわけじゃないんだけど、底が見えなくて足が着くか分かんないところはちょっと怖いの」 「お、俺も! 俺も水苦手で、って、俺の場合は泳げないんだけど……」 俺たちは顔を見合わせて思わず吹き出すように笑った。 「なんでボート乗ったんだろうね」 「ね、変に気遣いすぎた」 「戻ろっか。転覆させないでね」 「う、うん。頑張る」 こんな形になるとは思わなかったけど、俺たちの貴重な共通点をひとつ見つけた休日だった。
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