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スマホ越しにユキがきょとんとしたのが見えて、我に返った。
「…………あ、え、いや。この、ガ……みやびあじ、ってなんだろーな」
「え? ああ……『ガミ』じゃん? なんか風流とかそういう感じじゃねーの」
「ふーん、お前っぽい」
「なんでだよ」
「じゃあ俺」
「いや、蓮ちゃんイコール風流は、俺より無いでしょ」
「あっそーですか」
わざと拗ねたように言ってやると、ユキが笑顔を見せた。
俺も一緒になって小さく笑ってみる。
けど、すぐに何か喉に詰めないと、さらに余計なことを言ってしまいそうだった。
残っている麺を勢いよくすする。
辛さが加わったせいもあるだろう、やっぱり味は分からない。
「汁とばすなよなー」
ユキは呆れたように言って、ペーパータオルで唇を押さえる。
そのしぐさは横目で見ても憎たらしくなるほどに上品で、綺麗で。
こいつが今この瞬間から、めちゃくちゃ酷い人間に変わってしまえばいいのに。
純朴なオンナノコに、こっぴどく振られればいいのに。
俺だけがユキを知っている世界が始まればいいのに。
そんなことを願う俺がいる。
願った上で、叶う可能性は2%よりも低いだろうということを分かっている俺も、いる。
「………で、土曜さ、映画見に行ってくる」
「へえ。何見んの?」
「まだ決めてねーけど、多分洋画」
「ふーん……上映中にサカんなよ」
「だーかーら。もういい加減にしろって」
隣り合った肩が、俺の肩をこつんと突いてくる。
くすぐったくて、じれったくて、そして、全身の汗が冷えていくようだった。
ユキを好きだと気づいてから、ずっと夢を見ているような気分だった。
もっと近づきたいと望みながら、何食わぬ顔で隣に座り、ラーメンを食う。
ときどき顔を覗かせる甘いうずきに虜になる。
そうしてやり過ごす一日一日は、俺にとって悪夢のように息苦しく。
それでいて、色とりどりの感情に満ちていた。
その夢から、今日、目醒めた。
目醒めてしまった。
俺を迎え入れたのは、硬く冷たい「現実」だった。
「ちゃんと見守っててよ、蓮ちゃん」
分かってるよバーカ。返事をしようとして、気づく。
一味の赤をこれでもかと注ぎ込まれた喉が、泣きたくなるほどに痛かった。
〈了〉
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