11 人の切望・神の渇望/家康

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11 人の切望・神の渇望/家康

*  東へ征東軍の征討が進み、国境(関所)も東へ移る。東山道は科野国(信濃国)と毛野国(上毛野国/上野国)の国境の碓氷坂(碓氷峠)に碓氷関が、東海道は駿河国と相模国の国境の足柄坂(足柄峠)に足柄関ができる。碓氷坂と足柄坂の東側は坂東。関東地方。中ツ国は広くなり、東国は狭くなる。  峠は、山を越える山道で最も高い処。山頂と山頂の狭間。山稜の鞍部。碓氷坂は浅間山と妙義山の、足柄坂は富士山と箱根山の狭間にある。あたりまえだけど坂道を上り、坂道を下る。坂は境目。昔の国境、今の県境。異国へと行く人の無事を願い、異国から来る鬼を塞ぐ塞神、岐神が祀られる。黄泉比良坂は中ツ国と黄泉国の境目。  そして。  天ツ武神ミカヅチヲと同じく、征東軍を率いる貴族、軍事貴族。武力を蓄え、貴族に怯えられた。のちの坂東武者。武(タケ)キモノ。平将門が有名。  ミカヅチヲは中ツ国の平国後、天ツ神に天ノ川の川上に遂われた。軍事貴族は相模国鎌倉郡に逐われた。そして東国に新たな政権を作った。鎌倉幕府。 「け、権威を以って正当(正統)な権力と、成る。武力だけで、な、成らない。ただ、戦いつづけるだけの、バカ。の、脳髄がチョー弱い」  私の脳髄もクエビコさんに鍛え、ちょっとだけど強くなった。  武力は衰える。または越える武力に潰される。武力による権力は衰える。潰される。衰えないための、潰されないための、権威。  1189年の奥州合戦。東国の奥州藤原氏を討つ大義名分として征夷大将軍の称が必要だった。頼朝は最後の征東軍の、征夷軍の長となる。  頼朝は平氏を討ち、奥州藤原氏を討ち、時の権力者に成る。征夷大将軍は、征東軍の、征夷軍の長という称でない。権威を以った正当(正統)な権力者という称。  のちに征夷大将軍は、権力という剣を東国でなく、西国の権威に翳す。  将門も、鎌倉幕府の源頼朝も遂われた御蔭で、碓氷関と足柄関ができた御蔭で新たな政権を作った。まあ、将門はしくじったけれど。  富士山は征東軍を塞ぐ自然の難関。東国を護るよう。  平将門も、鎌倉幕府の源頼朝も、塞ぐ富士山の御蔭で、碓氷関と足柄関の奪取封鎖(固関)を謀る。門を閉め、鍵を逆側に掛ければ西国でなく、東国を護る。 *  征夷大将軍という権力を、内閣総理大臣という権力を授ける権威。  権威を以って正当(正統)な権力と成る。シラス統治。  のちに内閣総理大臣は改憲という剣を、権威に翳す。  では、権威はなにか。  人は神威に、神の威力に畏まる。  人は神と違い、長く生きられない。やがて衰え、やがて死ぬ。  空間だけでなく時間までも治める超越な、隠然な存在の威力。畏まる大いなる存在の威力。神話(神代)から現実(現代)へと続く存在の威力。  かつて畿内の王権や政権も、高天原の日神の神威を継いだ時の権力者。  大嘗祭により、神威を継いだ権力者が権威となる。高天原の日神と一体化となる。 「い、家康は、湿原に江戸を、作った。山地を崩し、湿地を埋め、平地を広げる。か、河筋を変える。作りながら思った。人が神に成る方法、だ」 「クエビコさん、ほんと神様なの」  床に転がってるクエビコさんの頭をチェストの上の、神棚に置く。 「あ、ああ。人が作った神、だ」  開きなおり、か。座り、神棚のクエビコさんを睨む。  徳川家康の遺言で、江戸の北方の日光東照宮に祀られた。江戸幕府の護り神となった。  日光三山は山岳信仰で有名。山岳信仰は山人族の自然(山)の畏怖や畏敬で始まる。とくに山の多い日本。円錐のような美しい山容の遥拝信仰、塞ぐような険しい山相の登拝信仰。水源として山岳信仰。火山の多い日本。火山信仰もある。  やがて山は神霊、精霊、祖霊信仰の霊場となる。  日光三山の男体山と女体山は、かつてフタラ山と呼ばれた。観音菩薩の棲む補陀洛(フダラク)山、または男神と女神の荒神(山神)の棲む二荒(フタラ)山。  二荒山となり、音読でニッコウ山、当字で日光山。ということで二荒山神社のほんとうの祭神は男神と女神の荒神。のちに日光山輪王寺が建ち、東国の時の権力者の護り神、いや、護り佛となる。  さらに日光東照宮が建つ。江戸幕府の護り神、護り佛となる。家康の遺言は目だたないような小さな祠。だけど孫の家光の豪華改築で目だつ目だつ。徳川埋蔵金の御蔭か。一説に奥宮の墓所に徳川埋蔵金があるらしい。  怒った108代後水尾天皇が贈った諡(贈り名)は東照大権現。  東方で照らす神様。定説の日神説。だけど高天原の日神と同じ神名は贈らないだろう。 「うーん、絶えた天武系皇統の護り神だから、とか」 「あ、あと、フタラの宮(日光東照宮)は宮所の東方にない。北東に、ある」 「そうか。東国を照らす神様か」 「ま、服わぬ鬼、隠ヌモノを照らしだす、さ、晒けだす神、だ」 「征夷大将軍だから、か」 「ほ、本人は護り神に、な、成りたかった、と言われる」 「江戸幕府の護り神。定説ね」 「ち、違う。家康は北星(北極星)の神に、な、成ろうとした。つまり、徳川宗家に権力を授ける、新しき権威に、徳川宗家の護り神に成ろうとした、と考える」  古代中国の道教の最高神は天皇大帝。北極星の神格化。天の中心で、全天の星を統べ治める星。日(太陽)と月(太陰)も統べ治めるから、太一。一説に大嘗祭は高天原の日神とともに北極星の神様の神威を継ぐ。高天原の日神と北極星の神様と一体化となる。 「ほ、北星の神は北天限定の神、だ。南天に居ない。チョー笑える」 「チョーチョー笑えない」ワカヒコくんは頭を上げ、独り言ちる。  東国の、見えない隠ヌモノに代わり、見える武キモノが現れた。平将門、鎌倉幕府の源頼朝、そして江戸幕府の徳川家康。  後水尾天皇の時代、幕府は権威も越える権力と成った。幕府は政の中心となった。権威を順わせた。服わせた。だけど権威も許さなかった。  後水尾天皇は東照大権現という諡を贈った。  家康は江戸幕府の鬼を鎮める神様に祀りあげられた。 「家光の御蔭で。笑える」 「わ、笑える」  東照宮の陽明門は平安京の東門の名。扁額の筆は、やはり後水尾天皇。ふたつの陽明門を閉めれば江戸は、西への権力も、北の家康の神力も絶たれる。さらに北東にある門は鬼門。門を閉めれば家康も鬼神として鎮められる。 「ひ、人はすべてのモノ、見えないモノも、な、名をつけたがるからな。名をつけ、と、統治下においたと思う。いや、統治下におきたいと考える」 「なるほど。すべて二重構造になってるわけだ」  だけど江戸幕府は、約150年間の鎌倉幕府、約240年間の室町幕府よりも長く、約260年間も続いた。 「ゆ、ゆえに宮処の権威は衰えた。神威を継いだ、権威を嗣いだというが、お、思ってるだけ。なにも考えてない。脳髄が、弱すぎる。江戸幕府が続いたのは権力を継ぐ、シ、システム、だ」  歴史秘話ヒストリア。 「チョ、チョーチョーチョー笑える」 「チョーチョーチョーチョー笑えない」大声で独り言ちる。 「ワカヒコくん、おちついて」 「チョ、チョーチョーチョーチョーチョーチョー笑える」 「クエビコさん、煽らないで」 「チョーチョーチョーチョーチョーチョーチョー笑えない」  ローテーブルを叩きながら大声で独り言ちる。いや、叫ぶ。  クエビコさんも、口の処の[へ]の字を尖らせて叫ぶ。 「「チョーチョーチョーチョーチョーチョーチョーチョーチョー」」  ステレオでチョー攻撃(口撃)が。 「ワカヒコくん、クエビコさん、やめて、やめて」 「……チョーうるさい」  ワカヒコくんとクエビコさんの間に、というより私の目前に、スサノヲさんの長剣がスッと翳される。酔い、据わった目。鋭い、凄んだ声。  ワカヒコくんとクエビコさんのチョー攻撃がとまる。  カラの酒瓶2本が足元に転がってる。3本目の酒瓶を左手で掲げ、グビっと呑む。 「頭がチョー……」チョー攻撃で頭が頭痛らしい。 「スサノヲさん、剣をしまって。呑みすぎ。オオクニヌシさん、水をあげて」  ワカヒコくんはローテーブルに臥せる。
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