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13 人の切望・神の渇望/オオクニヌシ
*
「なるほど。おもしろい」
「ツーちゃん、ツマラナイよ。とってもツマラナイ。クーさんの話はツーちゃんの学校で読んだ本」ワカヒコくんはローテーブルに臥せながら言う。
大学の図書館はトンデモ本もある。実話かわからないけれど、書いた人の欲望だらけ。
「そ、そう。オレは、記憶や意識が曖昧。オオクニに2度も、作られたからな。ひ、昼ノ国に現れたあと、トミビコやオオクニに訊いて記憶や知識を、お、補ってる。PL法、だ」
目の処の目の処の[の]の字を細め、台所に立つオオクニヌシさんを睨む。
「ち、知識は様々な意識の、記録は様々な記憶の合体だ。失った意識や記憶は戻せない。さらに、オ、オレは歩けない。スマホも弄れない。だからオレは、ほ、本を読む。いや、頁を捲れないから、オオクニやワカヒコに、よ、読んでもらう。せ、せめて本を読み、様々な知識や記録を、得たい。もっと意識や記憶を、補いたい」
「初めてクエビコさんを畏るきもちになった」
神棚に置かれたクエビコさんの頭に手を合わせる。
「た、ただ、見ること、聞くこと、よ、読むことだけでない。たくさんの知識を得ること。え、得た知識で、考えることが、大事。オレも、知識を得た。考えた。や、やはり敗因は、オレだ。天ツ神を舐めてた。か、勝てると思ってた。タケヒコの助言を、き、聞くべきだった」
「なにを言ってるのかわからない」
台所に立つオオクニヌシさんを見やる。背を向けてるから、顔は見えない。
台所はオオクニヌシさんの神聖なテリトリー。朝食と夕食はオオクニヌシさんのへやで食べる。オオクニヌシさんは私がてつだおうと台所に立つのを、拒む。なにも言わないけれど、無言で拒む。細やかな抵抗というレベルでない。下ごしらえから食器を棚にしまうまで、誰一人(一柱)も台所に立たせない。
『む、昔、ツクヨミに旨いと言われ、う、嬉しかったのだろう。コンプレックスばかりのオオクニを救った一言(ヒトコト)、だ』クエビコさんが言ってた。
昔というのは昔のツクヨミのことか、昔(幼いころ)の私のことか。
……訊きたかったけれど、訊けなかった。
*
私は本棚の集印帳を取る。
「せめてオオクニヌシさんの神社で、火伏の神札を買って台所に……」
「そ、そうだ。忘れてた。ツ、ツクヨミの知識は、まちがってる。イヅモ族と、イ、イヅモの神は関わらないから、な」
「え、違うの」
「ち、違う。まちがってる。イヅモ族とカムド族は違う。も、もとは、イヅモ族はホヒヒコに仕えるホヒ族、だ。さらにもとは、古(イニシエ)の神に仕えたオウ族。ホヒヒコは、オ、オオクニをキヅキの社に鎮めた」
「ああ、そういえば」
『神人です。全国のイヅモの神を祀る社はイヅモの神人が関わってます』
『それにキヅキの社は幽宮です。ワタクシを祀る社じゃありません。今のイヅモの国は、ワタクシの治める国であり、国でないんです』
『ホヒ族の奉じるキヅキの社はワタクシの幽宮。隠されたが正しいです』
「イ、イヅモを奪い、イヅモ族を名のった。神人でなく、盗人、だ」
オオクニヌシさんがローテーブルを拭きながら頷く。
ホヒ族はイヅモ族を名のり、全国にオオクニヌシさんを祀り、神話を伝える。神無月の俗説もイヅモ族が伝える。出雲神は天ツ神に服(マツラ)った、と伝える。喧伝活動。オオクニヌシさんの嫌う傲慢な戯言。
のちに武蔵国の国府となる多摩郡(東京都府中市)の大國魂神社もオオクニヌシさんを祀る。全国にオオクニヌシさんを国魂神として祀る神社は多い。
「ツクヨミさまの話を聞くかぎり、神人でなく、人の時代に氷川神社へ移ってます。イヅモ族といえません」
「タ、タダの盗人、か」
「大宮氷川神社、大國魂神社……」弄ったスマホをオオクニヌシさんに見せる。
「やはり人の時代ですね。もう、ワタクシは関わりません」
大宮氷川神社の社伝で、斐伊川(簸川)の川上にある昔の杵築大社、今の出雲大社の分祀と伝える。だけど出雲大社は川上でなく川下にある。川上にある斐伊神社の社伝で、大宮氷川神社はスサノヲさんを祀るならば当社の分祀と伝える。イヅモ族の奉じる出雲大社も、祭神はオオクニヌシさんだったり、スサノヲさんだったり。
氷川神社は武蔵国の荒川の川岸に多く建つ。斐伊川の川岸に建つ八口神社の社伝で、八岐大蛇退治は暴れ川の斐伊川の治水工事の神話化と伝える。やはり暴れ川の荒川の治水工事に関わったイヅモ族の後裔一族。
斐伊川の、さらに川上は船通山の山麓の簸川上。奥出雲。神話でスサノヲさんが降り立った地。スサノヲさんを崇める鍛冶族、オウ族の本貫地。
熊野大社の社伝で、祭神はスサノヲさんと伝えるけれど、ほんとうの祭神はわからない。とりあえずスサノヲさんは鍛冶の神様となる。
船通山の岩石を切り崩し、斐伊川に流す。比重差で土砂と砂鉄に分かれる。鉄穴流し。やがて川底に大量の土砂が溜まり、暴れ川となり、川下の水田に水害を起こす。たたら製鉄は大量の木炭を使うため、船通山は禿山となり、土砂災害を起こす。土砂の赤土で斐伊川は赤くなったという。スサノヲさんに斬り倒された八岐大蛇の血のよう。
『ダメだ、こりゃ』
スサノヲさんが言ったか、言わなかったか。わからないけれど。
計画鍛冶を行い、治水工事を行い、植樹を行い、土砂で棚田を作り、鍛冶のないときは棚田で稲を作る。そして高度な技術を教え、硬度な鉄剣(ムラクモの剣)ができる。
……スサノヲさんのキャラでない。
立ちあがり、神棚のクエビコさんに小声で訊く。
「クエビコさん、八岐大蛇はカムド族ということかな。オオクニヌシさんは、修練前は高志のナモチだったんでしょう。八岐大蛇は高志国に棲んでたんでしょう。オウ族がカムド族を討つため、スサノヲさんの名を遣ったという」
「ち、違う。八岐大蛇はヒの川の水神だ。さらに暴れたのは天災(水神の祟り)でなく、人災(オウ族の所為)。贄を献じようが鎮まらない。だいたい、に、贄を欲する神は、神でない。川下のカムド族が、川上のオウ族と話しあうため、ス、スサノヲの名を遣った。そしてカムド族とオウ族は友好関係となった」
「斐伊川が暴れないよう、斐伊神社で話しあった」
「そ、そうだ。一部のオウ族がホヒ族となり、さらに東国で後裔一族がアラの川の治水工事を請けおった。う、嘯いたのだろう、オレたちがヒの川の治水工事を行なった、と」
「いまだ荒川は暴れるけれど」
「わ、笑えるな。アラの川の水神は気儘だ。……ホヒ族は、友好関係と言えなかった。ホヒヒコは嘯いた。オ、オオクニはホヒヒコを信じた。オレはオオクニを諭したが、き、聞こうとしなかった」
聞こえたらしくオオクニヌシさんは立ちあがる。私はクエビコさんを睨む。
「か、鍛治に優れたホヒ族は、ホヒヒコは、マ、マツリゴトでつねに蚊帳の外、だ。皆もわかってた。コトシロは、……なるほど」睨む私を見ない。
「なにかわかったわけだ」
「い、いや、思っただけだ。考えて改めて話す。続きだ。オオクニは、や、八十神(たくさんの兄神)に騙され、血縁地縁よりも契による縁で、カムド族はまとまったからな。いちど契ったから、ひ、引けなくなった。キヅキの社、ヒカワの社はイヅモ族、ヒの社はオウ族が奉じた。スサノヲの名を遣われ、う、嘯かれ、オウ族は怒ったわけ、だ」
ホヒ族は意宇郡から別れた能義郡を本拠地とする。多数の古墳、製鉄遺跡がある。加茂(賀茂)、意多伎(愛宕)など、能義郡の地名と同じ社名の神社が全国各地にある。ホヒ族は全国各地にある出雲神を祀る神社に関わる。
「たぶんなにかある」
「あ、あるぞ。ウソブキの面で、ど、どじょう掬いする安来節、だ」
私は立ちあがり、チェストの上の、島根旅行で新大阪駅のホームで拾った玩具のボタンを押す。
「へえ」1へえ。
「だ、大事な伏線、だ」
「へえ、へえ」追加で2へえ。左手で押しながら右手でスマホを弄る。
「お、おい、き、聞いてるのか」
「聞いてる聞いてるゥ」ジミーに答える。
「き、聞いてないな。対応がぞんざい」
ウソブキの面は猿楽(能楽)の面。田楽のヒョットコの面のもと。道化役。オカメ(オタフク)の面と対になる役が多い。安来節は鉄穴流しの所作。どじょうは土壌。ヒョットコの面は、たたら製鉄の竈火を竹筒で吹く火男がモデル。鍛冶の神様のスサノヲさんへ奉納の踊り。偶然、土壌を掬ってたらドジョウが掬えたオチもある。
「……どう考えても、大事な伏線に考えられない」
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