17 男神と女神の……/ヒロインっぽいラブゲーム

1/1
前へ
/59ページ
次へ

17 男神と女神の……/ヒロインっぽいラブゲーム

* 「ふああああ」酔ったスサノヲさんの欠(アクビ)。  2本目のカラの酒瓶が蹴られ、オオクニヌシさんの足元に転がる。 「スサノヲさま、弱くなりましたね。とくに今晩は悪酔のようですが」 「えー、いつのまにか3升も呑んでたの。というか、3升も呑んで弱いの」 「た、たしかミナカタと、の、呑み比べたときは……」 「まあ、1桶くらいですかね」  1升の100倍の酒桶。えーと。  オオクニヌシさんとクエビコさんが笑いながら話す。ワカヒコくんが笑う。聞くのは楽しいけれど、……やはり楽しくない。聞かないようにスマホを弄る。  古(イニシエ)の戦で、ミカヅチヲに負け、諏訪大社に鎮められた西の副将ミナカタヌシさん。御名方(御名の方)という高貴な神名の神様。たぶん美しい。なぜか出雲国の神話に出ない。キューピーちゃんと同じ。出雲国の時の権力者の事情か。神話は時の権力者の事情に合わせる。  かつて諏訪国といわれた科野国(信濃国)諏訪郡。出雲国と同じく蛇神信仰があった。ミナカタヌシさんはミカヅチヲに腕を捥がれた。蛇のような姿となった。  もしかしたら物語の展開に関わる大事な鍵を持ってた。  もしかしたら世界の変化に関わる大事な鍵を持ってた。だから鎮められた。 「遇いたかった」私は独り言ちる。 *  食後、きっちりとローテーブルを拭き、茶を飲んだあとも拭く。神様に血液型があれば、オオクニヌシさんはA型なんだろうな。性格というより、オオクニヌシさんの性分。 「そ、そういえば、神話で月神と星神のほかに、出ない神がいる。いや、で、出ても出自を、なぜか隠してる」  クエビコさんの目の処の[の]の字がキラリと光る。2回目。  私はローテーブルに手をついて乗りだす。クエビコさんの頭が床に落ちる。ワカヒコくんはコーヒーを吹きだす。 「か、火山の神、地震の神、だ」床を転がりながら言う。 「確かに日本は火山と地震が多いけれど、神話に出ない」  山神オオヤマツミ、火神カガヒコは出るけれど、火山の神様は出ない。台風の神様スサノヲさんは出るけれど、地震の神様は出ない。目前にカカシの神様が居るのに。  たぶん世界の変化の、物語の展開の大事な鍵を持ってる。スサノヲさんは鍵を持ってなさそう。カガヒコは持ってそう。だからカガヒコは黄泉国の特別室で眠ってる。隠してる。スサノヲさん、オオクニヌシさんのツテで遇える。ただし黄泉国は黄泉神のほかは死なないと堕ちれない。うーむ。  手をついたローテーブルに溢れたコーヒー。気づき、手を退ける。オオクニヌシさんが拭く。ふと、隣を見る。ワカヒコくんがチョー泪目で睨む。私は強く頷く。 「ピンポンパァン。クエビコさんのムーな話は終わります。終わりました」  チャイムを鳴らし、ワカヒコくんの髪を濡れた手で撫でる。 「ツ、ツーちゃん……」 「ワカヒコくんの言いたいことはわかる。以心伝心ね」にっこりとほほえむ。  焦っても、慌ててもしかたがない。オオクニヌシさんでないけれど、しかたがない。  世界の変化も、物語の展開も、たぶんなんとかなる。たぶんハッピーエンドになる。楽観は性格というより、私の性分。  けっこう、主役(ヒロイン)に向いてるかも。 「え、え」クエビコさんの目の処の[の]の字が点になる。 「クエビコさん、話は後日ね。明日は楽しい神社参拝」 「サンパーイ、サンパーイ」 「冬物かたづけを企てるオオクニヌシさんと、話したがりのクエビコさんは留守神ね」 「え、え」 「任せてください。おやすみなさい」 「早く寝よう」  頭上でフヨフヨと浮いてるキューピーちゃんをつっつきながら、立ち上がる。 「ねよー、ねよー」  ローテーブルをかたすオオクニヌシさん。押入のふとんを出すワカヒコくん。とまどってるクエビコさん。  私をムスッと見てるスサノヲさん。酔っぱらってる。3本目の酒瓶を掲げ、グビッと呑む。グビグビッと呑みほす。  よほど明日のボディガードが嫌なのかな。よほど私が姉神でショックなのかな。  兄神を演じたり、むくれる弟神を宥めたり。私は主役としてやらなければならないことばかり。……めんどう。 「ねえ、スサノヲさん、天ツ神は現れないから、ボディガードは要らないよ」 「……しょうか、要りゃないか」 「剣技も教えてくれなくていいよ。行きたい処に行っていいよ」 「しょうか、いいにょか」フラフラと立ち上がる。  ここは居たくない処らしい。目を瞑る。そして時空間を翔んで消える。  挨拶もなしか。 「き、気にいらないと、ひょいといなくなる。悪い、ク、クセだ」 「クエビコ」  オオクニヌシさんが、クエビコさんの口の処の[へ]の字を押さえる。 「スサノヲさま、消えちゃった」  ワカヒコくんが呟く。私はワカヒコくんを引きよせ、抱きしめる。  オオクニヌシさんが気づかい、クエビコさんを抱えて台所へ行く。  湯を沸かし、フキンの熱湯消毒を始める。 「ああ」私は独り言ちる。 「ツーちゃん、どうしたの」ワカヒコくんが見あげる。  物語は、突然と始まる。 「スサノヲさん。アパートの鍵、持ってない」  ……持ってなくても、出入自由か。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加