02 月神のムー(ン)な話/埼玉県の哀しい話

1/1
前へ
/59ページ
次へ

02 月神のムー(ン)な話/埼玉県の哀しい話

*  ワカヒコくんは、元・天ツ神。昔、オオクニヌシさんの処に、中ツ国を譲ってもらうために来た。だけどなぜか昔のツクヨミとともに古(イニシエ)の戦で天ツ神と戦った。今、私とともに古の戦について学ぶ。いや、コドモのワカヒコくんは睡魔と戦う。  オオクニヌシさんに借りた白色のシャツとノンダメージのジーンズ。大きいため、ロールアップ。顔は幼く、中学生といっても信じてしまう。弟のようなかんじ。西陽に透けた茶色の髪が、柔らかく揺れる。買ってあげたヘアクリップを留めなおす。私はワカヒコの髪を撫でるのが好き。 「うん、話は終わった」髪を撫でながらほほえむ。  窓外に目を遣る。のどか。昼が長くなり、まだ、日は沈まない。隣に置いたキューピーちゃんのセルロイドの人形が陽でテカってる。 「ふああああ」ワカヒコくんの欠に応じて鳥の囀。 「ムクドリかな。でも、いーね、天ツ神は埼玉に現れない」  ……いま、事実を明かす。  私が住んでる、ここは東京都でない。いまだ祖父、親戚に嘘をついてる。ここは東京都の隣県、埼玉県。浦和市、大宮市、与野市、のちに岩槻市が合わさった、さいたま市。 ** 『やっと着いたァ、東京』 『ツクヨミさま。ここは東京、でないですよね』 『ツーちゃん、違うの。東京と違うの。ウソなの』 『お、同じ、ムザシだが、ち、違う』  前作の島根旅行の帰路、埼京線南与野駅に着いたとき。燥ぐ私に、オオクニヌシさん、ワカヒコくん、クエビコさんが、暗い、人気のないホームで言った。 『東京も埼玉も同じでしょ。昔は同じ武蔵国』 『い、いや、今はまったく、ち、違う』 『だって埼玉県さいたま市と言っても、どこにあるか、みんなわからないでしょう。ディズニーランドも東京にあると思ってるんだから』 『でも、ツーちゃん、ウソだよね、オーウソ』 『それに読者もヒロインが埼玉に住んでるなんて、ちょっと、ね』 『ツクヨミさま、埼玉県在住の読者を敵にまわしました。作者の器量は魔夜先生に及びません。早く訂正と謝罪を』 『只今、不適切なセリフがありました。ごめんなさい』 **  埼玉県の語源は行田市埼玉(サキタマ)の浅間山古墳の墳頂にある前玉神社。  埼玉県はたくさんの古墳がある。アパートの近所もある。埼玉古墳群。  同じく行田市の稲荷山古墳は武蔵国造の墳墓。稲荷山古墳は、かつて田んぼのなかにあった。ゆえに墳頂の稲荷神社の祭神は、山田の神様と呼ばれてた。  ふつう山田という地名は山のなかの田んぼ。意外と近畿地方に多い。関東地方の山田という地名は田んぼのなかの山。つまり古墳。山田のそほどはカカシの古名。  山田うどん。全店が関東地方にあり、半数の店が埼玉県にある。シンボルマークはカカシ。田んぼの神様。または山田うどんの神様。2018年、店名は山田うどん食堂に変わり、シンボルマークの口の処の[へ]の字も、口角の上がったチェックマーク(笑顔)に変わる。クエビコさんも笑えばいいのに。思いうかべる。……とても不気味。  縄文時代の埼玉県は日本列島で最も人口密度が高かった。たくさんの人が住んでた。  今の東京都と埼玉県(と神奈川県川崎市・横浜市)、昔の武蔵国の中心は前玉神社のある埼玉郡(今の行田市)。のちに中心は大宮氷川神社のある足立郡(今のさいたま市)。東北地方へ通じる東山道、鉄道に替わった後も交通の要衝地。  771年に武蔵国多摩郡(東京都府中市)に国府が遷り、武蔵国の中心となる。さらに江戸幕府ができ、明治政府ができる。埼玉県から東京都へとたくさんの人が移り住む。  焦った埼玉県。平成の大合併でさいたま市ができる。市名に行田市(昔の埼玉郡)はムッとする。埼玉県さいたま市中央区新都心に、さいたま新都心ができる。さいたま市のセンスが、なんかくだらない。  西東京市も、かつて多摩郡。西東京市のセンスも、なんかくだらない。 「前玉神社の祭神はサキタマヒコ。なんの神様なの」 「わ、わかるか。祭神に聞いてくれ。まあ、国ツ神だから、な。すでに幽世(カクリヨ)に去り、き、聞けないだろう」 「クエビコさんは、なにもわからないのね」  キューピーちゃんの人形の頭をポンと叩く。頭上でフヨフヨと浮いてる、ほんのりと黄色の毛糸のポンポンがポンと跳ねる。  キューピーちゃんの本名は、オオクニヌシさんと中ツ国を作ってるときに死んだスクナヒコさん。死因はわからない。天ツ神なので幽世に去らず、現世(ウツシヨ)に神霊として甦った。まずは私のブレスレットに憑いた。ブレスレットを、父さんに買ってもらったキューピーちゃんの人形の首につけてた。そしてキューピーちゃんの人形に憑いた。  最近、第3形態となる。キューピーちゃんの人形を離れ、本霊はブレスレットに憑いたままで、ほんのりと黄色の毛糸のポンポンの分霊が私の頭上でフヨフヨと浮いてる。隠世(カクシヨ)に隠れてるので現世で見えない。私だけが見える。 *  私は、神代の古の戦で国ツ軍を率い、天ツ軍と戦った女将(オカミ)のツクヨミが、どうも生まれ変わったらしい。らしいというのは、私にツクヨミの神威(カムイ)も記憶もないから。ずっと隠世で隠れて眠ってたけれど、現代となり、世界の変化が起き、神威も記憶もない私(ツクヨミ)が現世に現れる。  そして。  どうも天ツ神と国ツ神の再戦が起きるらしい。らしいというのは、よくわらないから。  左腕のブレスレットを見る。翡翠の勾玉のついたブレスレットは母さんの形見、キューピーちゃんの憑代。そしてツクヨミの心と命の神代(カムシロ)。 「母さん……」  とりあえず、なんで古の戦が起きたのか学んでる。 「なんで天ツ神は国ツ神の国を奪うの」 「わ、わかるか。天ツ神に、き、聞いてくれ」 「ほんとなにもわからないのね」だから畏まれないんだよ。 「オ、オレは読んだ本の知識で話してるだけ、だ」 「ツーちゃん、チョーつまらない話は終わったんじゃないの」 「終わる。もう、話は終わる」髪をポンポンと叩きながらほほえむ。  ワカヒコくんも『譲ってもらえ』と言われて降りただけ。  あと、わかるとしたら島根県にいるワカフツヌシさんくらいか。  ワカフツヌシさんも元・天ツ神、高天原の最強剣神ミカフツヲ。古の戦のまえ、天ツ軍進軍に疑問を感じながら斥候として出雲国に降りた。オオクニヌシさんと会い、国ツ神フツヌシ、のちにワカフツヌシとなった。  東国の平国神として香取神宮に祀られてる。本人(本神)は心外らしい。 **  現代の天ツ神と国ツ神の再戦のキッカケはツクヨミ。ツクヨミが現世に現れたから、私が生まれ変わったから。よくわらないけれど、なぜかはっきりとわかる。
/59ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加