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20 ツクヨミの死(プレイバック) Part2
***
天ツ神は言った。
葦原ノ中ツ国は天ツ神が治めれば、永遠に稲穂が実る国(豊葦原千五百秋瑞穂國)となる。ゆえに天ツ神が平らげるべき、と。
神代(カミヨ)。古(イニシエ)の戦があった。
高天原より日向国高千穂へと天ツ軍が降りた。天ツ軍は瀬戸内海と北海(日本海)の2軍に別れた。国ツ軍も、オオクニヌシの率いる東の軍は本陣を大和国龍田に、コトシロヌシの率いる西の軍は本陣を出雲国御門屋(三刀屋)に別れ、迎え討った。軍力は劣るが、地の利の長けた国ツ軍の善戦が続いた。
しかし戦況は逆転。西の軍が降伏。そして東の軍も降伏。
天ツ神は葦原ノ中ツ国を治めた。
天ツ神は、国ツ神に世界の道理を護り、夜ノ国に隠れるように命じた。
神代から人代(ヒトヨ)へと、葦原ノ中ツ国は天ツ神の大いなる神威で栄えた。
現代(ウツヨ)。
世界に変化が起きた。変化の影響で葦原ノ中ツ国の、昼ノ国と夜ノ国の境界が曖昧となった。夜ノ国に眠ってた、元・天ツ神のツクヨミが昼ノ国に現れた。
そして現れたツクヨミは、死んだ。
***
上も下も、前も後も、右も左も、なにもない世界で眠ってる夢。いや、眠ってる私を、私が見てる夢。そんな恐怖を感じたとき、私を呼ぶ声が聞こえた。
《……めざめろッ、ツクヨミ。オレはここにいるッ。めざめろッ……》
気づくと周囲を赤く染める、血。たくさんの屍の血。
私は死んでるんだろうか。意識があるから、生きてるんだろうか。
眠ってる私に暗い闇が迫り、黒い霧が包む。白から、赤から、黒へと世界が変わる。
頭上に舞う黄蝶。さらに上空を飛ぶ烏。啼く。
私は黄泉国に堕ちるんだろうか。ツクヨミは天ツ神でなくなったから、甦れないんだろうか。幽世(カクリヨ)に去るんだろうか。
《……めざめたとき、ソナタはツクヨミだ……》
私を呼ぶ声……。
暗転。
「……ちゃん、目を開けて。ツーちゃん、目を開けて。ツー……」
「……こ、……」
ゆっくりと目を開ける。目が眩む。
「ツーちゃん、ツーちゃん」
唇が乾く。舌が粘りつく。うまく口が開かない。
「……ここは……」
頭が痛む。
「めざめましたか。ツクヨミさまのへやです」
私を見つめるワカヒコくん、オオクニヌシさん、クエビコさん。
クエビコさんの目の処の[の]の字が滲んでる。笑える。
「……い、痛い……」
笑うと頭が痛む。背が痛む。
「ツ、ツクヨミ、動くな。まだ、い、癒えてない」
よく、わからない。
なんで私は寝てるんだろうか、なんで私はへやにいるんだろうか。
なんで痛いんだろうか。
「……調神社にいた。ワカヒコくんといた。三男神がい……」
「ツーちゃん、もうやめて。もう思いださないで。もう……」
朧げに私の記憶が戻る。
泣きじゃくるワカヒコくんの髪を撫でる。
私は死んだ。
「いったい、どうなっ……」
起きあがる。頭と背の激痛で伏せる。噎せかえる。声にならない。
「ツクヨミさま」
「ツーちゃん」
ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。激痛が和らぐ。へやを見わたす。
敷かれたふとんの横に血だらけのパーカー。裂けたバックパック。潰れた水筒。私はシャツとデニム。調神社に行ったときのままだ。閉められたカーテンの隙間から陽。西側に窓があるので、午後。
「……いつ、今は何日、何時」
*
今日は3月14日。そうか3日間も眠ってたのか。
ワカヒコくんは疲れて眠ってる。やはりコドモ。ワカヒコくんに代わり、オオクニヌシさんが教えてくれる。
私はワカヒコくんを抱えながら三男神の、中央の男神が振りおした剣を背に受けた。
受けたままの剣が地面に押し付けられながらアスファルトの道路を滑った。
バックパックの水筒が護ってくれた。
そしてキューピーちゃんが神籬(カムガキ)を張ってくれた。
神域は常設の神社のほかに、地鎮祭などの祭祀時に張る仮設の神籬がある。神域は人の居る現世(ウツシヨ)と神様の隠れる隠世(カクシヨ)が交わる処。オオクニヌシさんたちは昼ノ国と夜ノ国と呼ぶ。神域で神様は隠世に隠れる。
また、神威の強い神様が神籬を張ると絶対境界となる。バリヤー。佛教の結界。
そしてキューピーちゃんの報せでオオクニヌシさんが来た。三男神は逃げた。
「キューピーちゃん、ありがと」
キューピーちゃんは神威を費やし、神籬を張ってくれた。
頭上でフヨフヨと浮いてるキューピーちゃんが小さくなってる。ごめんね。私が弱くて、頼りなくて。
そしてワカヒコくん、オオクニヌシさん、クエビコさん、ありがと。いくら神様は不眠不休OKだからって3日間は疲れるよね。
「……スサノヲさんは」
「か、帰って、ない」クエビコさんが答える。
「そうか……」
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