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21 神様の感情
*
オオクニヌシさんが私の手を握りながら話す。思いだしたくない昔のツクヨミの話。
「ワタクシは、ツクヨミさまはタカクラジに殺されたと思ってました。死んだと思ってました。しかし生きてました。信じられませんでした」
「月神だから甦生の力があるのかな」
左腕の翡翠の勾玉のついたブレスレット。ツクヨミの心と命の神代(カムシロ)。翡翠は不老不死、再生や甦生の象徴。
「ふ、不老不死、再生や甦生は、人が月齢を見て、お、思っただけだ」
「昔のツクヨミさまも瀕死だった。甦生でなく、再生だった。不老不死の天ツ神も殺されれば死にます。イザナミさまの神威がなければ甦りません。ただ、死ななければ天ツ神も、国ツ神も、社で眠れば治ります。三貴神のツクヨミさまは社で眠らなくても再生ができるのでは」
「な、なるほど。別天ツ神なみの神威(カムイ)か。オオクニを考えれば、あ、ありえる。まあ、とりあえず根ノ国に堕ちず、よ、よかった」
天ツ神のうえの別天ツ神。超越な、隠然な神威を得た神様。
「黄泉国に堕ちてれば、死ねばカガヒコに遇えたんだ。残念」
「やめてください、ツクヨミさま」
オオクニヌシさんは厳しい修練でスサノヲさんの神統を継ぎ、天ツ神なみの神威を得る。だけど修練中に死んだり甦ったりしたため、多重人格になる。軽薄なナムヂさん、冷酷なシコヲさん。あと、ウツシさんが居るらしいけれど、遇ってない。
トラウマらしい。
黄泉国。常夜(トコヨル)ノ国、根ノ国、底ノ国と呼ばれ、中ツ国と熊野で通じる。殯の世界、死んだ神様や人の霊魂の眠る世界。
黄泉国で神様や人は眠り、霊魂を浄め、死の世界(幽世)へ逝く。天ツ神は黄泉大神の神威で甦る(黄泉から還る)こともできる。ただし霊魂はオオクニヌシさんのようにリセットとなる。黄泉大神は先代のカミムスヒさま、当代のイザナミさま、修練中の、次代のスサノヲさん。
「うーん。記憶は別として、ツクヨミの神威は甦らないと戻らないのか」
「以前に戻りましたよね」
「うーん。絶体絶命の危機になると戻るのか」
だけど前のような記憶というか、意識というか、ツクヨミに成った感はない。
「あと、斬られるのは、もういい。かんべん」
*
「そうだ」聞き忘れてた。
クエビコさんは、東国は天ツ神の統治下でないと言ったけれど、遇った。
「ずっと天ツ神と遇わなかったのに」¥
「世界の変化が起き、モノノ怪が現れました」オオクニヌシさんが答える。
隠世へ祓われた穢れが精霊(モノノ霊)と合わさったモノノ怪。零落の神様。現世と隠世の境界が世界の変化で曖昧となり、現世に現れる。
「ツクヨミさま、天ツ神も現れます」
いつ、世界の変化が起きたかわからない。
なぜ、世界の変化が起きたかわからない。
ただ、モノノ怪や天ツ津と遇わなかったのは私の行動範囲が狭く、和歌山県も、埼玉県も、オオクニヌシさんが神籬を張ってくれたから。私の存在を隠してくれたから。だから遇わなかった。行動範囲外で、神籬外でモノノ怪や天ツ神は現れてた。ただ、遇わなかっただけ。私の行動範囲が広くなったから、そして世界の変化が大きくなったから遇った。襲われた。
「クエビコさん、東国は天ツ神の統治下になってる」
「い、いや。いまだ東国は天ツ神の統治下で、ない。正しくいえば、東国は、あ、天ツ神の統制下となった」¥
クエビコさんの目の処の[の]の字がキラリと光る。
「し、しかし、変化の影響は、か、考えられる」
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