04 アホな神とバカな神と/イセヒコ

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04 アホな神とバカな神と/イセヒコ

***  出雲国の烽火(狼火)五山のひとつ、馬見の烽(坪背山)の山頂。眼下に伊那佐の浜、北海(日本海)が広がり、海の彼方に天ツ軍の軍船が見える。日が傾くときであるが、曇天で日も、軍船も霞んで見える。  使い鳥を飛ばし、国ツ軍西の軍の本陣、御門屋にいる軍将コトシロヌシに、天ツ軍の現況を伝える。 『ウムウム、今日は動かないようだぞ』 『ウム、今日は動かないようだな』 『ナアナア、イセヒコはどう思うぞ』  腕を組む西の軍の副将ミナカタヌシ。隣で同じく腕を組むイセヒコに聞く。  ともに青い神衣を纏う。  イセヒコは淡い青色。背に長剣を佩びる。濡羽色の長髪を淡い青色の組紐でゆるく結った下げ角髪。武神に珍しく頸珠、手環に手珠を飾る。捲り上げた両腕に文身を施す。  ミナカタヌシは濃い青色。手に太剣を握る。褐色の肌に、濃い青色の紐できっちりと短くまとめた上げ角髪。カムド族を表す頸珠のほか、装飾はない。海の武神らしい黥面文身。紋様は手甲や脛巾に及ぶ。 『ナア、ミナカタはどう思うか』 『オイオイ、ワレがイセヒコに聞いたのだぞ』 『オイ、オレもミナカタに聞いたんだよ』 『コラコラ、ワレの真似をするなと、言ってるのだぞ』 『コラ、オレの真似をするなと、言ってるんだよ』  ミナカタヌシがイセヒコの胸ぐらを攫む。イセヒコはにっこりとほほえむ。笑顔に怯むミナカタヌシ。攫んだ手が緩み、睨んだ目が泳ぐ。  ミナカタヌシは小さく溜息をつく。いつもイセヒコの笑顔攻撃に負ける。 『兄神、アホイセヒコになにを言ってもムダです』  あとに控えてたミナカタヌシの妹神タカヒメが、首を振りながら近づく。男装の女神。苔緑色の神衣に、括袴。背に蛇のように曲がった剣を佩びる。短髪に苔緑色の頭巾。カムド族を表す頸珠。顔にミナカタの黥面と同じ紋様の化粧。  大きな目をミナカタヌシからイセヒコへと向ける。侮蔑の目。 『ミナカタ、オレになにを言ってもムダだ』 『アホイセヒコ、ワタシの真似をするならば斬る』 『タカヒメ。オレの真似をするならばチューだ』 『……』顎を上げ、息を吸うタカヒメ。  左手が背のノヅチの剣を握る。出雲神の崇める古(イニシエ)の神、海蛇神を模した曲剣。さらにあとに控えてた、タカヒメの随神ワカフツヌシが慌て近づく。  タカヒメと同じ苔緑色の神衣に、括袴。スキンヘッドを隠す苔緑色の頭巾。カムド族を表す頸珠。脇に太剣を佩びる。細い目をさらに細め、首を振りながら近づく。 『いえ、なりません。ノヅチの剣は一撃必殺の剣。殺してしまいます』タカヒメを抑える。 『一度だけ、このアホを殺しておきたい。離せ、ワカフツ』 『いえ、離しません。国ツ神は死んだら甦られません。イセヒコさまは国ツ神です』  天ツ神は黄泉大神の神威で甦るが、国ツ神は甦らない。ワカフツヌシは必死に抑える。 『ボクは死んだら甦られましェん。国ツ神だからァ、ボクは甦られましェん』  一瞬、ワカフツヌシの抑える手が緩む。慌て力を入れる。イセヒコはするりとミナカタヌシの手を抜ける。 『見ろ』  背の長剣を抜いて翳す。鋒を天ツ軍の軍船の、旗船に向ける。 『アホイセヒコ、見えるのか』タカヒメは目を凝らす。 『いや、見えない』ノヅチの剣を抜く。イセヒコに向ける。  イセヒコの翳した長剣は震えず、片手持のままスッと右に動く。タカヒメはノヅチの剣を下ろす。タカヒメも認める剣力(タチカキ)は、尋常な握力、筋力で成せる。 『軍船を見せつけてるだけ。イセ水軍ならば、もっと北の方に、マミの烽からは見えない処に構える。オツフルヒ(ウルップイ)の崎は、まだ見える。エトモ(恵伴/恵曇)の浦あたり。だいたい、こんな見わたせる浜からの上陸は考えない。つまり天ツ軍は、交渉を謀ってる。……オレならば交渉を偽って誘き寄せ、水際で潰す。天ツ軍の主軍は傭兵のクメ水軍。初戦で1割も潰せば良い』  長剣を翳したまま手首で返す。 『偽るなど卑怯な……』  タカヒメの言葉を制するミナカタヌシ。タカヒメを諫めるでなく、ただ、黙ってほしい。考えるがわからない。 『イヤイヤ……』  ミナカタヌシは唸る。イセヒコの長剣は、さらに右に動く。海は山に遮られて見えなくなる。さらに動かす。そして気づき、止める。いまいちど軍船を見やる。 『減ってる』独り言ちる。 『……』  もしかしたら見えるのか、ワカヌツヌシは心のなかで思う。 『イヤ、ミナカタ。交渉でない、ぞ。天ツ神は戦を好む、ぞ。エトモの浦、オウの海(意宇の海/宍道湖)を渡り、ヒの川(斐伊川)を遡れば西の本陣だ、ぞ』  後方も山々が連なり、前陣からは西の本陣の御門屋は見えない。烽火も風に流されると気づきづらい。 『ミナカタ、前を固めすぎてる、ぞ。後陣を建てろ、ぞ。イヤ、後陣を建てるんだ、ぞ』 『イヤイヤ……』ミナカタヌシは唸る。 『いやー、やはりミナカタの真似は難しい、ぞ。もっと修練を積む、ぞ』  長剣を大きく振り上げ、背に佩びる。笑いながら踵を返す。  ワカフツヌシは考える。タカヒメは去るイセヒコを睨む。 『アホの戯言です。聞きいれる必要はありません』 『イヤイヤ、サダヒコの伯神がイセの国も任せ、イセの国名を授けたほどの剣神。ワレは認めてるぞ』  ミナカタヌシは自身の考えたこととイセヒコの言いたかったことを重ねる。イセヒコはつねにミナカタヌシを試す。 『イヤですよね。アホイセヒコがササヒメの兄神なんて。戯言も聞かなければならない』  ミナカタヌシが固まる。 『やっとチョーつまらない話が終わった。やっと終わった』大きく欠。  さらにさらにあとに控えてたワカヒコが去るイセヒコと拳を合わせ、近づく。  絹の生成色の狩衣のような神衣に、括袴。低い処で裾を括る。剣も佩びず、角髪も結わず、手櫛の頭に手作の髪飾。童顔もあり、とても剣神、武神と見えない。 『ミナカタのにーちゃん、ササちゃんが好きだもんね、チョー好き』 『はい、婚姻を認めていただきたいのでしょう』  ワカフツヌシが腕を組み、頷く。 『ナニナニナニナニ、オマエら、ななななに言ってるんだぞぞ』 『ミナカタのにーちゃん、ナニ言ってるかわからないよ。チョーわからない』 『はい、ミナカタさまがなにを言いたいのかわかりません』 『……兄神、ワタシは、なんと言えばいいのか、わかりません』  タカヒメはなにも考えないで言い、ミナカタヌシを困らせる。俯き、己を恥じる。
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