09 チョーチョーチョー/出雲大社を建てないと

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09 チョーチョーチョー/出雲大社を建てないと

* 「ごちそうさま。オオクニヌシさん、おいしかった。私の好みにぴったり」 「チョーチョーオイシイ」  神様は食べなくても、眠らなくてもいいけれど、ワカヒコくんは食べる、眠る。私よりも、食べる、眠る。 「ワカヒコくんは、なんでもおいしそうに食べるね」 「ウン、オオクニさまの作ったゴハンと、ツーちゃんの作った肉じゃがは、オイシイ。チョーオイシイ」  私は肉じゃがだけなのね。ツクヨミと同じなのね。 「キイの国に居られたとき、時々、本家に伺って作ってましたから、ツクヨミさまの好みにぴったりのはずです」眼鏡のフレームを触る。  私は、中学のときに父母を交通事故で亡くし、祖父に育てられた。  いつも父さんとともに本家に行ってた。記憶を失った母さんに遇うため。  だけど行かなくなった。親戚がうるさいから。敷居が高いから。父母を亡くし、祖父が私の家に来たから。おいしい御飯が食べられなくなったから。なんで行かなくなったんだろうか。 「オオクニヌシさん、作らなくなったのは、私が東京に行くって言ったから」 「……細やかな抵抗でした」 眼鏡を外し、天井を見あげる。  つられて私も見あげる。頭上でフヨフヨと浮いてるキューピーちゃんが見える。 「キューピーちゃん、頷いてる」 *  食器をかたづけるオオクニヌシさん。  出雲誉という日本酒を呑んでるスサノヲさん。窓外の月を見てる。御飯は食べないけれど、酒は呑む。神話でスサノヲさんは八岐大蛇退治のため、八塩折之酒を造る。スサノヲさんは八岐大蛇に負けないくらいうわばみ。  私はワカヒコくんと明日の神社参拝計画。日曜はアルバイトを休み、あちこちの神社へ出かけてる。昔は、休日は隠ってたけれど、今は出かけたい。みんなと出かけるのが楽しい。といっても行った神社はスサノヲさんやオオクニヌシさんを祀る大宮氷川神社、氷川女体神社、金鑚神社くらい。武蔵国は多数のイヅモ族が移り住み、スサノヲさんやオオクニヌシさんを祀る神社が多い。アパートの近所も氷川神社が4社もある。 「ほんと多いよね」 「ち、違う。まちがってる。か、かん……」 「そういえば、クエビコさん。天ツ神と遇わないけれど、なんで」 「あ、ああ。三国之関(三関)のこっち、ひ、東側を関東、東国という。東国は天ツ神の統治下で、ない。統制下、だ。ゆえに、あ、遇わない」¥  私は床に転がってるクエビコさんの頭を見る。ワカヒコくんは怖い顔で私を見る。そしてローテーブルに臥せる。スサノヲさんは呆れ顔で窓外の月を見る。  三関は、北陸道の愛発関(福井県敦賀市)、東山道の不破関(岐阜県不破郡)、東海道の鈴鹿関(三重県亀山市)。愛発関はのちに逢坂関(滋賀県大津市)に代わる。近畿地方の以東は東国となる。 「ま、服(マツラ)わぬ鬼が棲む国。ゆえに宮処に通じる大道に門を造り、お、鬼が入らないように、閉める。笑える」 「チョー笑えない」ワカヒコくんはローテーブルに臥せながら独り言ちる。 「門を造る、つまり関を置くか」私も独り言ちる。  怨霊などの霊威のある、なにかわからない存在はモノと呼ばれた。見えない、だから居ない、隠(オ)ヌモノ。正しく隠世(カクシヨ)に隠れた国ツ神。やがて古代中国の死霊の語意の鬼の字が当てられ、隠ヌモノは鬼と呼ばれた。服う、服わないは、天ツ神の行う祭(マツリゴト)や政(マツリゴト)に順う、順わない。  天ツ神に服わない国ツ神は居らない。だから見ない。シカト。  大和国を治めた、天ツ神に大和国を譲らなかった、天ツ神に服わなかった最強の国ツ神オオモノヌシ。トミビコさん。大和国の国魂、オオクニヌシさんの和魂という。  神話で、キューピーちゃんが死んだあと、夜の月光に照らされて来た海蛇神。オオクニヌシさんとともに中ツ国を作った。だけどニギハヤヒに騙され、大和国は天ツ神に奪われ、殺された。そして祟り、祀りあげるための大神神社が建った。  まあ、生きてたんだけど。だけど死んじゃったんだけど。  いつもトミビコさんは私の傍に居てくれた。ずっと傍に居てね。  神棚の酒はスサノヲさんが呑んじゃうので、米はなんとなくで置かない。置かれてるのは榊と水と、オオクニヌシさんから貰った品物比礼(クサグサノモノノヒレ)とトミビコさんから預かった剣。トミビコさんの分霊だ。  写真を撮っておけば良かった。 「オオクニヌシさんも祟ったんだね」スマホを弄る。  幽宮の出雲大社を建てなおすように、と。 「そ、そうだ。思いだした。ひどかった。手抜工事だった。オ、オオクニが、急に立ちあがった。チョー笑えた。な、なあ、スサノヲ」  スサノヲさんがニタニタと笑いながら頷く。カラの酒瓶が足元に転がる。 「ウン、チョー笑えた。オオクニさまが東へ向かって叫んだ、早く建てなおせって。そんでチョー大きい、チョー高い神殿ができた」ワカヒコくんが頭を上げて笑う。 「チョー笑えません」オオクニヌシさんは上目で2柱を睨む。  か、かわいい。コドモのワカヒコくんと違い、なんというか、そこはかとなく母性愛を感じる。オトナの男子というか、コドモの男というか。さすが私の好みを知ってる。  そしてオオクニヌシさんも笑う。  辛かったことも、笑い話になる。つまらなかったことも、おもしろい話になる。みんな笑いながら言いあう。こうだった、そうだった、どうだった。そのとき、ツクヨミもいたんだろうか。ちょっとまえ、似たシーンがあった。  神威は戻らなくていいけれど、記憶は戻ってほしい。なんか仲間はずれなかんじ。  チョー笑えない。私だけが笑えない。
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