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プロローグ
森に囲まれたこの小さな村だけが僕の世界の全てだった。
「あなたに赤い目があれば…」
どんなに頑張っても、必ず言われるこの一言。
物心がついた時から哀れな目で見られ、実の母にまで疎ましく思われた。
俺の母百合(ゆり)は十六夜本家に嫁いだ菫(すみれ)の姉だった。妹が本家当主の後妻に選ばれた時から二人の間に確執が生まれ、それが菫叔母上の息子である悠人(ゆうと)兄さんと俺にも大きな影響を与えることになる。
菫叔母上が本家に嫁いでから間も無く、悠人兄さんが生まれた。悠人兄さんが赤い目を持っている事が分かり、私の母はひどく荒れたそうだ。心の病になり、中々子宝に恵まれず俺が生まれたのはその数年後だった。
もちろん母は俺にも赤い目を期待した。
赤い目は本家にだけ遺伝するものではない。分家から生まれる場合も多々あった。その時代に一人しかいないこともあれば、数人が同時にその力を持って生まれることもある。分家にとって、自分の地位を上げるには、当主の嫁や婿になるか、赤い目を持つ子を産む事が一番の近道だった。
現在赤い目を持っているのは綾乃(あやの)姉さんと悠人兄さんの二人だけだが、当時綾乃姉さんは生存不明だっため、悠人兄さんは次期当主として村人にもてはやされた。
叔母上が本家の人間の為、俺は分家の中でも本家に近い立場として、これまで悠人兄さんと比較され続けてきた。悠人兄さんを超える為、毎日必死だった。勉学の才も、読み書きも、そろばんも劣る事は無かった。しかし、それが故に、周りに突きつけられるあの一言。
悠人兄さんは何を考えているか分からない人だった。ほとんど会った事も話した事も無く、きっと俺など眼中に無いのだろう。
先日、本家の大広間で追放を言い渡され、その後町娘と結婚したと聞いた時には驚きを隠せなかった。
俺がどんなに努力してもなれない当主という立場を、悠人兄さんはあっさりと放棄したのだ。
俺は全てうんざりした。
家にも、周りにも。
この村を出て行きたいと思っていても、何がやりたいかもわからない。
とにかく認められたくて、塾に通って勉強した。
塾が終わってもあの淀んでいる家に帰りたくない。今は、空いている一番奥の教室で一人のんびりと過ごすのが唯一の息抜きだ。勉強をしたり、本を読んだり。
悠人兄さんがいなくなった今、俺は一体何を目指せば良いのだろうか。
第1話につづく
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