第二章

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◇ ◇ ◇  ザルンツベルの魔導士は、体形の悟られにくい大きなローブをよく身に纏う。  だが今、ユウハの前に差し出されているのは、慣れない色合いをした制服と動きを制限しない長さのマントだった。  無表情でそれらを見つめる。細部こそおざなりな造りだが、あきらかにオスデア軍の魔導士を意識した意匠だ。  これを着ろと?  視線で小隊長のヤンに問いかける。彼はユウハが嫌悪感を示したのが意外だったらしく、少し気後れした様子で頷いた。 「ああ…クガイ軍団長から、殿下が直々にお前を指名されたと聞いた。悪いが断れない」  顔をしかめる。  山地の住人たちを混乱させて何をしたいのか、おかしいと思っていた。  先日ナスルらに混ざって疑念を抱き、それについての情報が増えてくるにつれ、幾らか察した点がある。  イェランがしたことは単純だ。土着の民の半分をブルサ=ベフの砦に押しかけさせ、もう半分にはこの一連の仕儀がオスデアの仕業なのだと吹き込む。  後者の彼らはやがて、身内を助けにいくため、煽動されるがままにブルサ=ベフを襲うだろう。  数は問題でない。戦力など考えるべくもない。ただ、それに気づいた砦内部で余所者扱いされている山地民たちがどう考えるかだ。 「彼らは城壁の内で暴動を起こす。少なくとも賊として殺されていく仲間を黙って見ていることはしないだろう。ユウハ、その混乱に乗じて結界を壊せ」  渡された服に視線を落としたまま、微かに首肯する。 「今はまだ砦を攻めるだけの機じゃあない。少数精鋭で魔導士と一般兵の混合部隊を組み、秘密裏に作戦を進める。結界破壊を最優先目標とする」  無意味なことと知っているのに、どうしてか、ひどく腹が立った。  自分はただの道具だと、上手く使えと言ったのはユウハの方だ。あの皇子が最善手と判断したならば、ただ何も考えずそれに従う以外何がある。 「結界に用いられているのがどんな法か、少しずつ調査してきたが、今一つ情報不足が否めない。お前が鍵だ、ユウハ。結界の深部は厳重に守護されていて近づけないだろうから、基部から辿って解析しろ」  山地民が何も真実を知らぬまま、死兵となって時間を稼いでいる間にだ。 「その後、全部で14ある基部それぞれに魔導士を配置し、一斉に結界を破壊する。この段になればさすがにオスデアの連中も気付いているだろう。迅速さが命となる。仮に結界の破壊が成功する前に、命の危機、または退路が断たれそうになった場合は、作戦成功は諦めて即刻離脱しろ」  ユウハは飛び抜けて、魔法の秩序へと添う術に優れていた。だからこそ解析で当てにされる。城砦1つをまるごと覆う魔法の本質を見抜いたなら、話せなかろうがともかく情報の共有だ。  速やかに他の基部を担当する魔導士たちに必要なことを伝達しなければならない。あれだけの大規模な結界を破壊するには、14人でかかってもそれなりの時間がいるだろう。 「……それにしても、これが成功すれば、ブルサ=ベフの連中もさぞかし焦るだろうな。案外、本当に殿下は1年であの砦の攻略を成し遂げてしまうのかもしれん」  ヤンが漏らしたその呟きは、今この作戦を告げられている誰もが考えていることなのだった。皇子殿下の評価は上がるばかりである。  ユウハは行き場のない冷えた苛立ちの中で考えた。  イェランはいったい、何を望んでいるのだろう。皇子としての義務を極めて真面目に遂行しているに過ぎないのか。それとも自らの能力を誇示し、兄から帝位を奪うことでも目指しているのか。  直接話した時には、硝子玉のような男だと感じた。キルゴダで兵の待遇をよくするのも、山地民を使うのも同じこと。まるで盤上遊戯にでも講じているかのような無感動さだ。  自分については駒の1つとして扱うことのみを求めたにもかかわらず、ユウハはその指し手に不愉快な感情を抱かずにはいられなかった。
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