1、スポチャン仮面との出会い

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1、スポチャン仮面との出会い

新学期。 誰もが期待と不安で心踊らせるなかで、伊藤ロセ丸はピンチだった。 (ああ…天国のお父さん。あなたが生まれ育った群馬県に引っ越して早々ですが、僕はもうダメかもです) 空は快晴。しかし赤城山の頂から吹き下ろすからっ風は雪を孕み、通学路の千本桜から花びらが舞い乱れていた。 白とピンクのコントラストはとても美しく幻想的で、ロセ丸の新生活を祝福するかの様だったが、彼はそれを感じるどころではなかった。 三人の黒い巨体に遮られ、ただでさえ平均より5センチは低い身長の彼からは空そのものが見えなかった。 「グハハヘハェ!可愛いツラじゃねえか、ここいらじゃ見かけねえなあ!」 ロセ丸が今春から通う県立赤城追い風中学への並木道で、三人の上級生が彼に絡んでいた。 「なあオメェ、見た所一年坊主だな。どうだ、お姉ちゃん達とイイコトしようぜぇ」 「あ…あのっ僕…!」 「おいおい加々谷ぁ、てめぇの不細工な面ぁ、あんまりボクチャンに近づけんなよ。怖がって…ホレ」 「ひいっ」 「ホレ、こんなにちぢこまっちゃってるじゃねえかよ」 「ったく。初対面でいきなりキンタマつかむなんざぁ、大手、てめえのほうがよっぽどクソアマしゃねえか。しかし…この怯えきった表情、そそるなぁ。アタイの子宮にビンビンくるぜ」 「ひいいっ」 「オラオラオラ!見せもんじゃねえぞてめえら!とっとと学校に向かいな!」 彼を囲んでいるのは三人のガングロ太ギャルだった。揃いも揃ってふとましい。 リーダー格の加々谷に大手と枡を加えた不良グループで、周りからは「黒い三年星」と呼ばれている…というのは後に知ったことだ。三人お揃いの黒いジャージを制服の上から羽織っている。スカートの下にジャージも履くスタイルは田舎ではよく見るスタイルだが、引っ越したばかりのロセ丸にとっては初めて見る光景でありカルチャーショックだ。 (い、いやそれよりも…この人達のジャージの足元が妙にモコモコしてるのは、まさかルーズソックス!?そんな絶滅したはずでは!?) 彼女達の足元は、そこにブースターでも仕込めばホバークラフト移動できそうなくらいモコモコしていた。 「さあ一年坊、あっちに自販機があるからそこでお姉さん達と遊ぼうぜぇ」 「ひいい」 加々谷が周囲一キロ内で唯一の商業施設にロセ丸を連れていこうとしたその時だ。 「止めろ、みっともない」 凛とした声が響いた。叫んだわけでもないのに聞くものの耳によく残る、爽やかな涼声だった。 「だ、誰だ!?どこにいやがる!」 「あ!加々谷、あそこだ!桜の木の上!」 「うっ眩しい、逆光でよく見えねえ!」 「とうっ!」 謎の人影は数メートル先の桜から跳躍すると天高く舞い上がり、くるりと翻ると背中から黒い棒のようなものを構えるや猛禽類の様に加々谷達に襲いかかった。 パパパァン! 「ぐっ」「あぎゃ!」「ひぃ!」 烈風三連。着地した人影の長い黒髪が一拍遅れてふわりと地に触れる頃には、黒い三年生は打ち込まれた箇所を抑えていた。 「目が!あたいの目が!」 「安心しろ、エアーソフト剣だ」 「それでも痛えよ!しっぺくらい痛えよ!「峰打ちだ」みたいに言うんじゃねえよ!」 競技用に開発されたエアーソフト剣は名前の通り柔らかい素材で作られているのだが、打ち込み所によってはそれなりに痛い。自転車のゴムチューブに空気をパンパンに入れて振り回す様なものだ。 鞭のようにしなる剣に目をしたたかに打たれた大手と枡は、目が、目が、…と叫んで暫くは使い物にならない。かろうじて防いだ加々谷が、痺れる腕をさすりながら黒髪の少女に唸りかかる。 「てめぇ、一体なんの真似だ、ダイドードリンコ!」 「人を自販機メーカーみたいに言うな!私の名前は大堂道凛子だ!あっ…じゃなかった。えと、ええと…あった!(すちゃ)私の名前は謎のヒーロー、スポチャン仮面!」 蝶の羽ばたきが聞こえる程の静寂が訪れた。 (…ぽんこつだ!この人かなりぽんこつだ!) 律儀に自己紹介した後で改めて仮装用の仮面を付けてポーズを決めた大堂道りん…もとい、スポチャン仮面を見てロセ丸は言い様の無い不安を感じた。 「新学期早々に発情して新入生をたぶらかすとは上級生の面汚しめ。とっとと赤城の山奥に帰れイノシシ三姉妹!」 制服のリボンが緑色(通称・榛名色。ちなみに赤は赤城、黄色は妙義と呼ばれる)なので大堂…スポチャン仮面は二年生の様だが上級生の黒い三年星に対し全く怖じ気る様子は無い。良くも悪くも真っ直ぐな性格なのかとロセ丸は思った。 「プッギイイイイ!頭にきた!加々谷、あたいこいつぶっとばす!」 「JSアタックを仕掛けようぜ加々谷!」 ようやく痛みから回復した大手と枡がいきり立つ。リーダー格の加々谷も怒り心頭だが二人よりはやや冷静だ。 「バカ野郎、おめえらじゃあいつの剣さばきに付いていけねえだろ!すっこんでろあたいがやる」 しぶしふ下がる二人を見ると加々谷は襟元を緩めながら前に立ち、みょーんと伸びるルーズソックスも脱いで裸足になった。両手足を肩幅よりやや広く構え、利き手はやや前に出す。オーソドックスな柔道の構えだ。心のブレを感じさせず、実に堂に入っている。 「へっ。追い風中学柔道部ナンバー1の実力、たかだか同好会レベルの剣に破れるかなぁ?」 「覚悟しろよダイドード…スポチャン仮面!加々谷は実力はトップだけど素行が悪くて主将も部長もやらせてもらえないんだぞ!」 「部活は真面目にやるのにスケベでバカだからブラスマイナスゼロ、むしろマイナスなんだぞ!」 「うっせーんだよおめえら!」 この三人は単体でも厄介だが揃うと相乗効果で更にI.Qが下がり手がつけられないコント集団になる。 (しかし実力は本物…。) スポチャン仮面は得物を素振り用の木刀(小太刀タイプ)に持ちかえた。 利き腕を前に出した半身で、刃渡り60センチ程の小太刀は切っ先が己のアゴ下に位置するように構える。かかとは地に着けずやや前のめりに重心を置いた、これまた基本の構えだ。 「…!」 静寂に満ちた視「戦」が交差し火花を散らせる。 木刀で打たれても地面に投げ飛ばされても、どちらも一発で勝負が着いてしまうため行動の「おこり」を逃すまいと躍起になる。 目線で、呼吸で、重心移動で、あらゆるフェイントで隙を伺う。 (ゴクリ。すげえなスポチャン仮面…。あの加々谷と互角に渡り合ってるぜ) (グビリ。ああ…二年生ながら大した奴だ) 二人に気圧された大手と枡の声も自然と小さくなる。 大堂道凛子への称賛からか、彼女をスポチャン仮面と呼ぶことにもう躊躇はない。なぜならヒーローはとりあえず正体を隠すものだからだ。となれば自分達は悪者になるのだが、まぁ…それはそれ、だ。ヒーローは格好いいのでそこは触れずに置こう…と、大手は思った。 「少年、安心しろ。悪の上級生は直ぐに成敗する」 「一年坊、待ってな。もうすぐお姉ちゃん達と遊ぶべーや」 視線を逸らさぬまま二人がロセ丸に話しかける。しかし…。 「…ん、あれ?!一年居ないぞ!いつの間に!?」 「逃げた!もうあんなトコに!」 勝負に集中する彼らを見て、これ幸いとロセ丸はその場を抜け出し登り坂の並木道を駆け上がっていた。まさに脱兎の勢いであった。 「なんとまあ…。しかし、この短時間であの距離を坂道ダッシュとは」 呆れつつも見事な身体能力にスポチャン仮面は高評価を出した。 「よォ、スポチャン仮面」 構えを解かず加々谷が尋ねる。 「最初の目的はなくなったけどよ、試合…止めるか」 「まさか」 「だよな」 互いにニィ、と笑いジリジリと間合いを詰める。 武道家はいつだって強敵を求める。 そして、いつだって夢見、問いかける…「いちばん強い武道は何だ」と。 答えを出すには試合うしかない。 二人の距離が剣道の間合いに入り、緊張が最高潮に達する。 しかし 「おーい」 ビビビクゥッ! 可愛らしい女性の声が、彼らの対峙する坂道のはるか下から聞こえた。 ただそれだけでその場にいる全員に恐怖の表情が浮かぶ。 「おーいみんなー。もうすぐ始業のチャイムが鳴るよー」 ひと呼吸ごとにその声はどんどん近づいてくる。それも物凄いスピードで、だ。 枡と大手がカタカタと震えだす。 「やや、やべー」 「風疾風(かぜはやて)」先生の地獄大砲だ…」 そうこうしているうちに、足音はどんどん近くなる。 風疾風先生は坂道を駆け上がりながらも全く意義切れ ず、よく通る声で爽やかに忠告してくる。右肩に黒光りする棍棒を担いで駆け寄る妙齢の女性というのは、正直言って失禁するほど恐ろしい。 「みんなーこのまはまだと遅刻するよー。急いで急いでー。でも、先生に追い抜かれちゃったら遅刻確定だから、ケツバットで校門まで送ってあげるから安心してねー!」 「棍棒はバットじゃねえええ!」 勝負などしている場合じゃなくなった一同は泡を食って逃げ出し…登校した。 風疾風うらら(旧芸名・花散香みどり) 元アイドルという特異な経歴をもつ彼女は二十歳になると同時にアイドルグループを引退し、第二の夢だった教師になるべく大学に進学。 その際に始めた空手道で鍛える喜びに目覚めパーフェクトカラテボディを手に入れた。その肉体は追い風中学へのジョギング通勤をはじめてからは更に仕上がっており、もはやその辺のゴロツキなど歯牙にもかけぬ豪傑っぷりだ。 「ああああああ!」 必死の形相で桜並木を駆け上がる大堂道達。しかし、 「はぁ…はぁっ…ま、待って!」 枡が遅れてきた。疲労と恐怖で足がもつれた瞬間、ついにデッドラインを越えてしまう。前方から風疾風先生がニッコリと微笑む。 「ひっ」 「残念、枡さんアウトー」 パッコーン! 「ああああああ!」 太ましいケツに棍棒をフルスイングされた枡は、ドップラー効果を効かせながら高々と放物線をえがいて飛んでいった。あれなら遅刻はせずにすむだろう。しかし枡のケツは…もう…。 「ま、マッスー!」 恐怖で大手の息がみだれた。 「はい、大手さんもアウトー」 パッコーン! 「ひぎゃあああああああ!」 「大手がーっ!」 「うふふ。さぁ残るは大堂道さんと加々谷さんだけね。」 「嬉しそうに言うんしゃねえええ!」 完全に洋ものホラーゲームに出てくるキラーのノリだ。二人は無心で走り続けた。ケツをザクロの様にしたくはない。 ● 一方その頃、風疾風先生の襲来前に逃げ出せた伊藤ロセ丸は無事に校舎までたどり着いていた。 (さっき助けてくれたひと、綺麗だったなぁ。) 新入生のクラス割りの張り紙を見ながらも、どこかロセ丸は心ここにあらず…ありていにいってポヤポヤしていた。 (あの人が持っていたの、確かスポーツチャンバラってやつの剣だよな。制服も二年生のだったし、会ったらお礼言わなくちゃ) 少し嬉しそうに教室へ向かうロセ丸の背後に悲鳴と共に黒くて太いギャル達が降ってきたが、彼は気づかず校舎へ入っていった。 ちなみに大堂道と加々谷のケツは無事に始業前に登校できたが、少々ちびってしまったため二人とも保健室でパンツを借りた。
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