6人が本棚に入れています
本棚に追加
死ぬかどうかまで他人に決められないといけないのかよ、いい加減にしてくれよ。
そんなふうに感じながら、おれは目の前にいるイキモノを下から上まで塗り残しなくにらみつけた。苛烈なおれの悪意はなんのその、閻魔は涼しげに髪をかきあげる。
「そんな顔をされてもね」
日本語が通じるのが不思議に思うほど、人間離れした顔立ちだった。日本人離れ、じゃない。人間離れ。人型のくせに、人に見えないのだ。
「死んだもん生き返らせちゃ、だめだろ。命の摂理として」
「いや、そんなことはない」
安心させようとでも思ったのか、閻魔がうっすらと微笑みをつくった。おれは理由なく微笑む人間を軽蔑している。
「わたしは人の生死とその予後に関するほぼすべてのことを決定できる。もちろん、君の生き死にもふくめ」
涼しげなその目元を、美しいとは思えなかった。『人間らしさ』ってたぶん、目が二つあるとか、微笑みが柔らかいとか、そういうことじゃなくて、もっと魂の部分のことなんだろうな。知らねえけど。
閻魔がどれほど胡散臭くたって、結構。構わない。そのはずなのに、どうでもいいことが気になる。選定されるのはおれのほうじゃないんだって、思い込みたいだけなのかもしれない。
「思案が途切れたようだね」
「ああ。続きをどうぞ」
やつは書類作業をしながら、見下ろす角度でおれをちらりと見る。
「さあ、判決だ――きみは、生き返る」
願い下げだ。
そう言う前に、閻魔が言葉を続ける。隙間に音が入ってくるような感覚。まるで時間が止まったみたいに不思議だった。
「これを教えたら、きみは感動するかな。それともあっけにとられるか、もしくは笑うかな? ――きみが生き返るのは、きみの人生に価値があるからだ。では、価値とは何か? 人間を二十六年やったなら、もちろん分かるよね」
「しらねえよ」
「愛だよ」
ちがうな、とおれは思った。
「きみにまつわる愛について、身に覚えは?」
おれを愛してるひとなんて、母親ぐらいしか思いつかない。ちょっと好き、とか、気になる、とかじゃなくて、愛してくれてる人なんて。
答える気のないおれにため息をついて、閻魔はさくっと答えを教えてくれた。
「長谷川さん。覚えているだろう」
心臓が跳ね上がるような思いだった。覚えている。もちろん、覚えている。
でも。
それこそありえない。
「嘘つけよ」
「なにが? 覚えていないの?」
「覚えてる。覚えてるさ。でも、愛してたのはおれのほうだよ」
「ああ――そういうことか。どちらがどちらをどう愛していたってかまわないさ。愛というものの存在が重要なのであって、その方向性や種別には、わたしたちは興味をもたない。まあ、コレクトする悪い輩も存在はするがね」
結構。と、閻魔の隣に控えた子どもが鳴き声を出すみたいに言った。だれだお前。
「戻るのはきみの身体が一度死んだ二日後。日本国・東京都・江東区のワンルームの自宅だ。答えられるとは限らないが、なにか質問は?」
気に入らないことは腐るほどあるが、知りたいことなんて一つもない。でも、聞くべきことがあるとしたらこれだろう。
「どうして俺は死んだんだ」
「……あれ、覚えてない、って設定だっけ?」
ひとつだけ想像通りなところがあるとすれば、閻魔が黒髪だったことだろう。端午の節句の日本人形しか持ってないような濡れ黒。まさに地獄の門の前でえらそうに座っているにふさわしい色だ。でも、それ以外はぜんぜん閻魔らしくない。涼し気な顔も、ひらひらした和服も、周囲においてるおかっぱ頭の少年たちも。
閻魔の瞳が、薄く三日月の形に変わる。その瞳はほんとうに月みたいに黄色く輝き始めて、また、おれは気持ち悪くなってきた。
「ま、いいか。あとで様子を見に行くよ」
笑う、笑う、ぐねりと視界が渦に飲まれるように歪んでいく。きもちわるい。ああいやだ。最近眩暈を感じることが多すぎる。死ぬ経験なんて二度と御免だから、できればこのままほんとうに死にたい。
最初のコメントを投稿しよう!