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私に私が殺される
仕舞う前の記憶は、殴られて泣いて、けなされて泣いて、怒られて泣いたものしか残っていない。思い出すたびに上気して、頭を抱え、振り払うような記憶である。しかし、過去の私が嫌なものを嫌という勇気を持っていたことを記憶の中に見出すことができる。
走り方を笑われることが嫌で故意に手を抜いて走ったある日のベースランニング。怒鳴られて鼻っ柱を殴られて赤を垂らし、泣いた。変わった名前であることをけなされるのが嫌でけなし返したある日の教室。囲まれて罵倒されて縮こまり、泣いた。校則を守るのが嫌でゲームをやったある日の大休憩。取り上げられて叩きつけられて骸を前に、泣いた。
今の私からは想像もできないような勇敢さ。しかし、高校3年生の折、嫌なものを嫌と言ってたら今の私に先の私が殺されることを悟った。嫌を薄暗い六畳間に残して新天地へ飛んだ。
あいつを仕舞い込んで臨んだ大学生活。泣くようなことは無くなって、明るく語りたい記憶が増えた。このまま進むことができたら私が落伍することはないだろう、との思いに至った。
生活水準向上のために、家庭を持つために、余生を謳歌するために、頑張るだけだ。だけなのに、幸せなはずなのに、思い描く情景が西日がかって見えるのはなぜ?
気づくとあいつが背後に立っていた。
激しく激しく肩を叩かれる。
振り返ってはならない。振り返ってはならない。振り返ってはならない。
「素直になれよ。わざわざ来てやったんだから」
先のお前に、今のお前が、殺されてしまうぞ。
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