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僕が新種の花を咲かせたことを知っていた上司は、そのことを全く理解していなかった。普通の人間は僕のように言葉を交わせないのだから、それも仕方がないのかもしれないが。
見た目がころころ変わって見える花など、世紀の発見だ。時間帯によって色を変える花などはこれまでも存在した。しかし、ここまで頻繁に、それもあくまで『変化しているように見えるだけ』という現象や、それが君の言うように花の感情によるのだとしたら、そんなことはまずあり得なかった。大々的に発表し、研究を重ねもっと増やすべきだ、と。
既にキミが特別な存在となっていた僕は、その話に取り合わなかった。それでもしつこく迫ってくる彼に対して、僕は彼女をここからこっそり連れ出すという手段を取ることにした。僕の指があれば、彼女を長く咲き続けさせることが出来る。もはや、仕事も辞める覚悟だった僕はそれを今日実行に移す予定だった。
しかし、それを彼に勘付かれてしまう。
もう誰もいない時間を見計らってキミを鉢植えに移した僕の前に、突然彼が現れた。なんとなく嫌な予感がしていたという。
一度落ち着いて話し合おうと、この場所に連れられてきた僕は内心穏やかではなかった。
――キミを守らなくては。
僕の頭にあったのは、そればかりであった。
それでも、そんなつもりまではなかったのだ。
彼の命を奪うつもりなんて――
結局落ち着いて話すことなどできるはずはなく、口論の末、彼は「とりあえずそれは置いていけ」と彼女に手を伸ばした。僕は彼女を渡すまいと抵抗し、激しい揉み合いになる。彼を下に床に転がった時、僕の手は彼の首に伸びていた。自分は一体どんな顔をしていただろうか。あの時の彼の目から察するに、とてもおぞましい表情を浮かべていたことだろう。僕は無我夢中で首を絞め続け、気付いた時には彼はもう――
朝になれば誰かがここへ来る。たとえどこかに逃げたとしてもいずれは捕まるだろう。そうすれば、彼女と僕は引き離され、彼女はそう長くないうちに、その花を枯らせてしまう。
僕にはそれが、いや、そもそも彼女のいない世界で生きていくことなど、もう耐えられなかったのだ。
僕の取るべき行動は一つしかない。
そして、僕の考えていることに気付いた彼女は、最後に一つお願いをした。
「ねえ、あの約束覚えてる?私の花言葉をあなたが考えてくれるって。最後にあの約束だけ果たしてほしいわ。お願い」
僕は人生の最後に、彼女への花言葉を贈ることにし、そうして今に至る。
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