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部屋の隅、横たわる彼の死体が視界に入る。
窓の外が徐々に白んできた。朝までもうあまり時間がない。僕は彼女に向き直り言った。
「こんなことになってしまって、本当にごめん」
「謝らないで。私のためにしたことだってわかってるから」
「でもキミも見ただろ?僕の中にはあんなに醜い……悪魔がいたんだ。じゃなきゃ、何のためとはいえ人を殺すことなんてできないよ」
「それなら私だって変わらないわ。あなたも知ってるように、私の中にも悪魔はいる」
それは僕らだけの秘密だった。
キミの体内には強力な毒素が含まれている。そして、彼女はそのことをとても嫌っていた。
毒を持つ花は、そう珍しいものではない。強さはそれぞれとはいえ、身近に咲くチューリップやアネモネ、スズランだって毒を持っている。生き残るためにその身に毒を宿すことは、生物の本能である『種の繁栄』という観点からも正当な機能とも言える。
しかし、キミは種の繁栄などということよりも、美しく生きることを望んでいた。そんな彼女にとって、人間の命でさえも奪ってしまえるほどの毒が自分の中にあることは、酷く醜いことでしかなかった。
「それとこれとは別だよ。キミの毒は元々持って生まれたもので、仕方のないことだ。それに、キミはそのことを望んでいなかったし、使おうとしたことすらない。心に毒を持っていた僕とは違う」
「いいえ、同じよ。あなたの殺意だって望んで手にしたわけではないはず。それでも、私たちには毒があった。ううん、誰の中にも本当はあるのかもしれない。私だって今は使っていないだけで、この毒がいつ表に現れるかなんてわからないわ」
「……慰めてくれてありがとう。でも、やっぱりその毒を出してしまった僕は許されないよ。それになにより自分が恐ろしいのは、人を殺したことよりもキミを失う事のほうが怖いと思ってることなんだ。だから、正直自分のしたことに後悔もない。他の植物達の声が聞こえなくなったことだって。きっと、僕がこの力を持って生まれてきたのはキミと出会うためだったんだ」
僕はキミを真っ直ぐ見つめて言う。
「だから、もう思い残すことはないんだ。ごめん」
きっと彼女は僕を生かそうとしていた。花言葉を考えさせたのも、少しでも落ち着かせる時間を作ろうとしたのかもしれない。僕はそれに気付いたうえで、決意を固めた。
彼女は少しの間黙ったあと、静かに口を開いた。
「……私も連れて行って」
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