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ふむ、これが世に聞く異世界転生か?
━━━━ふむ。どう言うことだろうか。
魔王グランツ。神々を降し、三界を征した最強の魔王でも困惑することはある。
例えば、先ほど自らの死を受け入れたと言うのに次の瞬間には赤ん坊となって天井らしき所を見上げていたりなど。
(うーむ。確かに我は勇者………レオと闘い敗けたはず。レオの聖剣は確実に我が急所を貫いたはずだが………これはいったい……?)
魔法による空間転移?いいや違う。もしそうなら今のグランツの肉体は致命傷を負っているはずだ。だがそうではない。屈強な魔族の肉体を持ち、手には幾つもの修羅場を潜り抜けてきた傷跡が残されているはず………。だが今の彼の手はとても小さく、強く握ってしまえば壊れてしまいそうなほど儚い。
(これは………生まれ変わり、と言うやつか?)
━━━転生魔法。神により使用を禁止された禁呪魔法、その中でも多くの代償を払い記憶や能力を引き継いで別の生命へと生まれ変わる魔法がある。
しかしグランツには心辺りが無い。そんな魔法を発動した覚えも無ければ部下にもそのような魔法の使い手も居なかった。
(いや、一人いたな。至高のネクロマンサーが。しかしあやつは我の下を去ってから久しい。よもやあの決戦の場に駆け付けていたなどと言うこともあるまい)
かつての同胞の姿を思い浮かべるも、その可能性を即座に切り捨てる。 では、いったい誰がどのようにして、グランツをこの状態にしたのだろうか。
(可能性としては神々だが………それも低いだろうよ。何せ奴らは我を憎んでいる。態々我を生かす必要も無い。では誰だ……?)
幾つもの選択肢が浮かんでは消えていく。答えを模索していく内に抗えようの無い眠気に襲われる。
(眠い………精神が肉体に引っ張られているのか……。赤子は寝ることと泣くことが仕事だと決まっているが………これほどまでとは)
世界最強と名を馳せた魔王も、今や生後何ヵ月かの赤子。もしここを刺客などに襲われれば、成す術も無く殺されるだろう。
しかし人の三大欲求には抗えず、グランツは心地よい眠気に身を任せ眠るのだった……。
グランツが眠ってからすぐのこと、部屋に二人のシスターが入ってきた。
「ふふ、可愛らしい寝顔ですね。施設の前に捨てられていた所を見た時は驚きましたが………何もなくて良かったです」
「ふん。何言ってんのさ。赤ん坊が捨てられてたんだよ。こいつの親はろくでもない奴さ」
「もう、マザーったら。またそんな事言って………」
「事実だよ。ちゃんとした親なら我が子を捨てるもんか。まぁ、こいつが衰弱してなかったのは良かったのかもね………。虐待の跡もないことから、大方育児に疲れてしまったんだろう。悲しいことさ」
部屋に入ってきた二人の内、マザーと呼ばれた妙齢の女性はその手に持っていた手紙を開く。そこには赤ん坊の名前と、この子をお願いしますと言う一文だけ書かれていた。
もう一人の若い女性はグランツの頭を撫でながら呟いた。
「劫夜、ですか。長い長い夜を意味する名前。どうしてその名前にしたんでしょうね?」
「さてね。だが名前が分かっているのなら良いじゃないか。一から考えなくて済む」
マザーは手紙をしまって部屋を出ようとするが、思い出したように振り返る。
「そうそう、新しい家族が増えたんだ。今日はパーティーといこうじゃないか。あたしは買い出しに行ってくるよ。何か欲しいものはあるかい?」
「あっ、それなら、この子の服が欲しいですね」
「ガキ共のお古がまだあるじゃないか」
「駄目ですよぉ!新しい子には、新しい物を。ちゃんと平等に与えなくては」
「はいはい。分かったよ、そんじゃ行ってくる」
「はい。お気をつけて」
完全にマザーが出ていくと、部屋には若いシスターと赤ん坊だけ。シスターはもう一度グランツの頭を撫で始める。その手つきはどこまでも優しく、慈愛に満ちていた。
「劫夜くん………どうか元気で、優しい子に育ってくださいね」
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