私が思い切って買ったもの

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 真っ暗で静かで時折風の音が聞こえる夜。 私はこの夜が一日で一番好きな時間だ。 部屋も電気を消して真っ暗にして、頭まですっぽりと布団を被る。 この部屋を唯一明るく照らすのは布団の中で見るスマホの光。  私はすいっすいっといつも通りの指付きでスマホを操作して、いつもと同じアプリを開く。ぴこんっと可愛らしい音と共に開かれるのはネット通販アプリ。私が最近とてもハマっている物の一つだ。買う事は滅多にないけれど、眺めてあれこれと妄想をしているうちに時間が経ってしまう。それが楽しくてつい毎日このアプリを開いている。  ダラダラと新作の商品を眺めたあと、マイページからお気に入り保存をしているページへ飛ぶ。 一つだけお気に入り登録してある私のとても気になっているもの。  (よかった。今日もまだあった。) 売り切れてしまうと自動的にお気に入りのページからもその商品の情報が消されてしまう為、お気に入り保存を開く度に少しだけドキドキしてしまう。 画像をタッチすると、商品のプレビューがスマホの画面いっぱいに開かれる。  画面越しでもわかるふわふわとした触り心地の良さそうな生地。首に付けられた真っ赤で金色の細かな刺繍が施されたリボン。大きなくるりとした瞳はまるで吸い込まれるよう。 とっても可愛い、私のお気に入り。 ついつい欲しくなるけれど、精巧で大きなそれは私にとって少し悩ましい値段だ。  (せめてもう少し値段が安ければなぁ……) 今日もきっと眺めるだけで終わるだろうと、そう思っていた私の目はとあることに気がついた。  その通販アプリは商品をお気に入りした人を一覧で見る事が出来る。 昨日までこの商品をお気に入り保存していたのは私だけだった。だが、今一覧を見るとお気に入り保存している人が一人増えている。  これは由々しき事態だ。 もしこの人がお金持ちで、すぐにこの商品を購入したらどうしよう。お金持ちじゃなくても即決力のある人ならすぐに、この商品を買ってしまうかもしれない。  (どうしよう……) 他の人が買ってしまえば、当然だがもうこの商品を眺める事は出来なくなってしまう。毎日見ていたのに、明日から見れなくなってしまう。  購入金額は、少し厳しいだけ。ちょっと外食を控えればいいだけだ。買えない訳では無い。  「……よし」 一度腹を決めてしまえば、なぜ今まで躊躇っていたのかと思えるほどあっさりと購入手続きを済ませてしまう。 画面が切り替わり『ご購入ありがとうございました!』の文字が表示される。 買ってしまった。買うまで悩んでいた程の後悔の気持ちはない。むしろ今は胸が幸福感でいっぱいになっていた。  その日は目が冴えて眠れず大変だったことを覚えている。 購入から一週間。家でゴロゴロしているとピンポーンとチャイムがなる音。だらだらしていた私ははぁい、と間の抜けた返事をしてドアを開ける。 そこに居たのは大きな荷物を抱えた宅配便の配達員さんだった。 私は一週間前の事を思い出し「あっ」と小さく声を出す。ついに、今日家に届いたのだ。 荷物を抱えて大変そうな配達員さんから伝票を受けとり、サインをする。少しサインする手が震えてしまい文字が汚くなったが、待ちに待っていたのだから仕方がない。 伝票を渡し、荷物を受けると配達員さんは「ありがとうございました〜!」と爽やかな笑顔で去っていった。  私はいそいそと部屋に戻り、部屋の真ん中に届いた商品を置く。 丁寧に少しずつ、決して破れないように包装を剥がすと、その中にずっとお気に入り保存をしていた商品が私の目の前に現れる。 実物は画面越しよりも何倍も可愛くて、私はもっと早く買えばよかったと少しだけ後悔した。  私の背の半分くらいあるクマのぬいぐるみは、愛嬌いっぱいの顔で部屋の真ん中に座っている。 男の私の部屋には少し不釣り合いかもしれないが、思い切って購入してよかったと私は心からそう思った。
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