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◇
無我夢中で少女の手を引いて少年は走り続けた。
何もかもが、頭の中でぐちゃぐちゃに溶けて混ざっていた。
ただ、肩の激痛だけが、現実。
「…ッ!!」
一体どこまで走ったのか。突然腕を振り払った少女に立ち止まって暗闇の中、息を切らしている少年に、アイフェは掠れるような声で囁いた。
「………なんで、助けた…?」
「なん…で…って……」
お互い顔色がなかった。
それもそうだ。彼らは一晩にして二人とも親を失くしたのだ。
「聞いた…だろ? もう…いらない…」
殆ど聞き取れない言葉に、少年が息を整えながら返す。
「何がだよ…ッ、誰がだよ…ッ」
「私が…ッ!」
「誰にとってッ?!」
囁くような空気にほんの少し声が乗って、慌てて声量を下げて少年が小声で続ける。
「おもちゃじゃない自分の人生を生きたいって言ってたのはどこの誰だよッ!! 父親の用意した人生が壊れたら自分自身にとっても人生は用済みなのかよ…ッ!!」
図星を刺された様にアイフェが詰まった声で怒鳴る。
「…ッ、お前に…何がわかる…ッ!?」
小さな小さな怒鳴り声には、すべての憤りと嘆きが詰まっていた。
しかし、次の瞬間、少年の口から悲鳴にも似た千切れそうな声が迸る。
「わかる……ッ、わかるよ………ッ! だって……俺は…ッ」
「……ま…さか…」
少年には、目の前の少女の心の叫びが全て聞こえていたのだ。
古来より、語り部となる者にはある一つの特異な能力が備わっているという。
それが、目を合わせた相手の心を読む力だった。
ぐしゃぐしゃと顔をぬぐって、少年は少女に片手を伸ばした。
「一緒に行こう、アイフェ。俺が…俺たちがしなきゃいけないことは泣くことでも仇を打つことでもない。この物語を…真実を語り継ぐことだ」
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