虹色毎日

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虹色毎日

毎日が虹色のビー玉みたいに、輝いてたんだ。 キラキラ光って七色の。 それは何でかって? 全部全部君のせい。君の、せいなんだ。 こんなに毎日が眩しくて、瑞々しく感じるのは。楽しいのも、嬉しいのも、幸せなのも。 全部君のせい。 君と云う存在が、俺にとっては希望。ニジイロなんだ。 「僕は、and I love youかな」 「お。その名曲来ます?」 「拓海にとってはミスチルの曲は全部名曲でしょ?」 「仕方ないだろ。名曲しか存在しないんだから」 一級遮光カーテンの創りだす、真っ暗な部屋。 薄い灯りがベッドヘッドについていて。 夜の中でも特に暗いであろう部屋で、俺はビールを、愛夢はジンジャーエールを飲みながら、Mr.childrenの曲を聴いていた。 いつもの夜。いつもの光景。 Mr.children、通称ミスチル。 今から二十年以上も前にブレイクして、未だにその実力は衰えを知らない。 現在28歳の自分が聴くには、少々古いと言われそうだけど。 じーちゃんに育てられた俺は、大体が懐古趣味で。 なんでもちょっと古い時代のモノが好きだった。 まぁじーちゃんが好きだったのは、吉田拓郎なんかだったけど、俺は小学生の頃からミスチルが大好きだった。その曲や歌詞を思い浮かべるとき、ふわふわと宙に浮いたような感覚になる。その世界観に圧倒されつつ、引き込まれる。時にコミカルに、時に哀愁を持って、あの哀調のある桜井氏の声で紡がれる言葉やメロディーを聴くたびに、なんで自分はミスチルの一員になれないんだろう、と歯噛みした。将来なりたいものは決まって、Mr.childrenだった。俺のヒーローであり憧れであり羨望の的であり青春だった。 それは今も変わりなくて、だから愛夢とこうやって、毎日ミスチルを聴きながら酒を飲むのだ。今日は、大好きな恋人の愛夢に、大好きなミスチルの一番好きな曲を聞いてみた。 そうしたら、愛夢は『and I love you』と返してきた。 この曲は名曲中の名曲で、(いや、ミスチルは全て名曲だけど)最早神聖と言ってもいい。 聴く者の心を切なく揺さぶり、愛おしい気持ちにさせる。 まさに恋人と聴くにはぴったりだ。 この曲を選んだ愛夢に、俺は愛夢の愛情の深さを確認したし、俺の事大好きだなって実感する。まぁ俺の方がずうううううううっと、愛夢の事を大好きなのだけど。 「じゃあ聞くけど、拓海はミスチルでどの曲が一番好きなの?」 そう聞かれて、愛夢のドSっぷりにときめいた。 俺はMじゃない。けっしてMではない。けれど時々、愛夢のあまりに冷たい、氷のような美貌や悪魔的可愛さ、素っ気なさ過ぎる返答や、こういった意地悪な質問にぐっときてしまうのだ。 ミスチルの中で一番好きな曲だと? そんなの選べるわけないじゃないか! 全部神曲だぞ! おい、どうする!? っていうか、それを俺に聞く!? でも、ちゃんと答えないとファンとして出来損ないな気がして、俺は苦し紛れにこう答えた。もう息も絶え絶えだ。 「今のブームは向日葵かな。『君の脾臓を食べたい』の主題歌のあれ。聞いてると愛夢を失ったらどうしようって思いながらも、生きろっていう力強いイメージが沸いてくる。今を愛おしく感じる。生きることを愛おしく感じる。愛夢を愛おしく……」 「はいはい分かりました。拓海はミスチル語らせると止まらないんだから。聞いた僕が馬鹿だったよ。ミスチルが大好きで桜井氏が愛おしいんだもんね?」 「桜井氏も愛おしいが世界で一番愛おしいのは愛夢、オマエだぞ」 「ほんとかなぁ。僕よりミスチルの方が好きなんじゃない?」 体育座りでのぞき込むように言う愛夢は、そのビー玉みたいな澄んだ瞳で俺の瞳を覗きこんで来る。色素の薄い瞳の色に、思わず吸い込まれそうになる。丸い愛らしい頬に口づけたくなる。赤い唇も誘うように艶めいていて。 「愛夢が一番だ」 言って、愛夢の肩をそっと掴んだ。 キスしようと思ったのだが、そう簡単に此方の誘いには乗らないのが愛夢らしいと言えば愛夢らしい。 する、と俺の横をすり抜けて、部屋を後にする。 「僕もお酒飲もう。もう未成年じゃないんだった」 今年21になった愛夢は、中性的な風貌のせいか、その透明感のある存在感からか、成人しても未成年に間違われることが多かった。 四年も一緒に暮らしている俺にしたって、21と言われると戸惑う。 愛夢の印象は、出会った17の時のまま、ずっと変わらないからだ。 もう大人なんだな、と思うと不思議な感じがする。何時までも未成年な気がしてしまう。 それと同時に、あの時勇気を出して声を掛けてよかった、出会えて良かった、恋人という関係になれてよかった、と感慨に耽ってしまう。 まぁ出会ってすぐ一緒に住みだしても、こういう関係になるのに実際は二年も掛かったのだが。もちろんこちらは一目惚れで、最初から好きだったわけだが、告白するには二年の月日が掛かった。自分の臆病さと奥手さが本当に嫌になる。 本当は、今でも時々不安になる。 愛夢は俺に気を使って付き合ってくれてるんじゃないかって。 俺に好意を持ってくれているのは確かだろうが、恋とか愛なのか、今一つ分からなかった。 ただ、衣食住を提供してくれる俺に、感謝と気遣いで、今の関係を結んでくれているだけなのではないか、そんな風に思うときがある。 だとしたら相手の弱みに付け込んで、恋愛関係を強要している訳で、今すぐ関係を断ち切らねばならない。恋人でなくていい、と言葉にしなければならない。 けれどそんな潔さも、俺は持ち合わせていなかった。 情けない話だが、告白して、OKして貰えて、有頂天になって、恋人関係が続いた今となっては、もう愛夢を手放せずにいた。 例え後ろめたさや感謝の気持ちで恋人でいてくれるんだとしても、その弱みに付け入っているとしたって、今の関係を続けたかった。 恋人でいて欲しかった。 愛夢の存在は、もうなくてはならないものだった。 俺の細胞一つ一つが、愛夢を愛していた。 掛けてくれる言葉、寄り添ってくれる体温、おはようとおやすみ、心地いい声音、氷みたいに冷たい表情も、愛おしいと感じていた。 もしかしたら、愛夢のもつ寂しさや孤独みたいなものが、俺を惹きつけるのかもしれない。 そのくせ、愛夢は優しく温かい。あんな冷たい表情のくせに、涙が出る程優しいのだ。 どんなに自分を犠牲にしても、俺の為にいつも笑っていてくれた。 それが例え綺麗すぎるが故、冷たい笑顔に見えてしまっても、彼は笑ってくれた。 仮面みたいに笑顔を貼り付けて、僕は大丈夫。君が好きだよ。 そう言ってくれた。 本当に辛いのは自分の方だったとしても、愛夢は弱音を吐かなかった。 前に一度聞いたことがある。 生まれてからこの方、泣いたことが無い、と。 赤ん坊の頃は泣いたかもしれないけど、記憶がある中では一度も泣いたことが無い、と。 血も涙もないのかも、寂しそうに言った愛夢を、その時は抱きしめられなくて、どんなにもどかしかったか。 俺と出会って四年、俺は愛夢の涙を一度も見たことが無い。 「ワイン持ってきた。一緒に飲もうか?」 愛夢がドイツ産の赤ワインとグラスを二つ持ってきた。 断る理由はない。丁度ビールも無くなるころだ。 「あのさ、愛夢」 ふと、出会った頃の愛夢の横顔を想いだした。 「なあに?」 振り返った愛夢は、可愛らしい笑みを浮かべていた。 ……出会った時の事、覚えてるか? 言葉にしようとしてやめた。 愛夢の事だ。きっと覚えている。 けど、忘れたって返すだろう。それが愛夢だ。 大事なことは全部潜める。 それが愛夢だ。 絶対忘れない癖に。 覚えてる癖に。 愛夢は『忘れた』っていうだろう。 賭けたっていい。 だけど俺は覚えてると言うし、絶対に忘れないし、一人で何度も想い出して、愛おしさを深めるんだ。誤魔化せたと思ってるんだろ? だけど案外ばれてるもんだ。 抑えてるもの。 抱えてるもの。 一人でもってるもの。 我慢してる事。 その時は分からなくても、四年も一緒にいるんだぞ。 いいや、まだ四年。 この先十年だって二十年だって、俺は愛夢の隣に居るんだから。 だから、まだ四年。 ワイングラスを傾けながら、俺は愛夢と、いいや、愛夢の言葉と初めて出会った時の事を思い出していた。
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