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tears
「本当に、来てくれるとは思いませんでした」
暗がり、小さな電灯に照らされた影は握りつぶされそうにか細く、そうして見た事がない程美しかった。
芸能人やモデルのような派手さはない。
けれど清楚な可愛らしさや完璧に整った顔は、どんな芸能人やモデルにも敵わないんじゃないかと思う程美麗だった。
一瞬人形かと思った。笑っていても整いすぎた顔の造形が、そう思わせた。
「僕」と書いていたけれど、女性だったのだろうか、とも思った。
でも立ち上がった。声を出した。
人形じゃない。
体型の丸みの乏しさが、彼が少年であることを告げていた。
「本当に来ました」
「初めまして、tearsです。本名はあいむって言います。愛情の愛に夢で、愛夢。なかなかのキラキラネームでしょ?」
初めて会った人間に、しかもネット上で知り合った男に、本名を告げてしまう危うさが、彼が死を決めていると証明しているようだった。まあこちらも、本名はメールで告げてあったのだが。
「キラキラネームだなんて思いません。それに、キラキラネームって読みにくいだけでいい名前沢山ありますよね。愛夢さん、素敵な名前だと思います」
「それはありがとうございます。ところでどうして僕と逢いたいと?」
「詩が素敵だったので」
「それだけで四国から?」
「正直に言います。俺は貴方に死んでほしくない」
「僕、死ぬなんて言いましたっけ?」
「読めばわかります」
「エスパーですか?」
くすり、馬鹿にしたように嗤った。
「四国から、可哀想な僕を救いにわざわざ?」
「あの、こういうのやめませんか」
「何が?」
「貴方はSOSを出した。俺はそれを受信した。だから助けに来たんです。助けて欲しいなら、助けてって言って泣いたらいいじゃないですか」
ぱちくりと、ビー玉みたいな瞳が瞬いた。
「だから、SOSなんて出してません」
「でも死ぬつもりでしょう?」
「……」
「本当は生きたい。違いますか?」
相手はじっと黙って、顔から全ての表情が消えた。
完璧なる造形の顔から、全ての感情を剥ぎ取ると、残ったのは作り物故の物悲しい美しさだけだった。
その顔が好きだと思った。
この子は無限の可能性を秘めた、まだ何者にも染まらぬもの。
真っ白なキャンバスだ。
何にだってなれる。もっともっと綺麗に輝ける。
心からこの顔が笑ったら、どんなに魅力的だろう。
笑わせてみたい。
そう思った。
「答えないならそれでもいいです。死ぬつもりがないなら、俺と次に会う約束をして下さい。来週の月曜日。清掃車の来る月曜の夜、またこの場所で」
「小田切さんは、四国住みですよね?来週もまた、こんな遠くまで?」
「俺は、貴方に会えるなら海外でも、ラピュタにでも行きます」
「ラピュタ?」
「知りませんか?アニメの映画です。天空の城ラピュタ」
「生憎テレビを観ないので。天空の城?」
「ラピュタは天空にあるんです」
「僕に逢いに天空まで?」
「何処にだって行きます」
呆れたようにぽかんと口を開いた相手は、ぷ、と吹き出した。
その顔があんまり可愛くて、俺は思わず見惚れてしまったのは内緒だ。
「小田切さん」
「拓海でいいです」
「拓海さん、面白いひとですね」
「会って、貰えますか?」
「それじゃあ、また、この場所で」
そう言って微笑んだ顔は、幾分か柔らかくなっており、俺は心でガッツポーズ。
笑わせられた。笑ってくれた。
それが嬉しくて。
来週までは、生きててくれる。
それも、嬉しくて。
本当に四国から、俺は毎週東京の公園に通い、暫くして東京に家を買って、もっと頻繁に会うようになって。
出会ってから愛夢が俺の家に転がり込むまで、三か月も掛からなかった。
フリーライターをしていた俺の、何処にそんな金があったかって?
実はじーちゃんは相当な資産家で。
その財産の全てが俺に譲られたのだった。
東京のマンションの一室を買うくらい、余裕。
俺が愛夢と暮らせるのも、全部全部、じーちゃんのお蔭なんだ。
なんだか愛夢との縁は、全てじーちゃんが与えてくれたものみたいで。
心底感謝した。
愛夢がきっと忘れたと言うだろう出会いは、実はこんなにドラマティックなものだったのだ。
出会ったあの日を。
あの文章の一文字一文字を。
俺はずっと忘れない。
いつまでも、一生だって。
そうして俺は、未だに、愛夢を心の底から笑わせることに成功していない。
一緒に暮らして四年経った今でも、愛夢は何処かで心を閉ざしている。
俺は、それがもどかしくて仕方ないのだった。
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