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ディアランド
「こちらはDearLANDまでの直通バスになります。乗務員はわたくし、榎本が努めます。安全運転を心がけますが、シートベルトの着用をよろしくお願いします」
そんなアナウンスが掛かって、バスは走り出した。
いざ、魔法の国、DearLANDへ!!
DearLAND、通称『ディアラン』。
ディアという猫のテーマパーク。
俺は猫が大好きだ。テレビアニメにもなったディアが主人公の物語も大好きだ。
そんなディアのテーマパークがあると言われれば行ってみたいに決まってる。
しかし、俺も愛夢も人混みが苦手だった。
だって四国出身だぞ!?
田舎な四国に、人ごみなんてない!!
だから、四年経っても一度も行ったことが無かった。
東京に出てきて一番感じたのは人の多さだ。
周りを見渡せば人、人、人。
人の大洪水。
しかもみんなお洒落で女性は美女ばっかり。
その中でも一番可愛くて綺麗なのが愛夢だけど。
(愛夢は男だけど)
俺なんてストライプかチェックのシャツにジーンズがやっとのお洒落で。
最近はそれに黒のネクタイを緩く締めるっていうのが辛うじて加わったけど、垢抜けない事この上ない!
愛夢も服装はいつもパーカーにジーンズだった。
パーカーはかなりお洒落度が高い。
何処で買ってくるのかと思うくらい、プリントがクロスや羽根モチーフでカッコいいものが多い。たまにウサギや猫のモチーフのパーカーも着ていて、それはそれは愛らしい。
一度愛夢に頼んで、買い物に付き合って貰ったことがある。
いつも愛夢が行く店で、運が良ければお揃いの服を買おうと思った。
思ったのだが。俺の身長は185cmで、身長165cmの小柄な愛夢と同じ服が着れるはずも無く。
お店もお洒落で、洒落た格好のお兄さんやお嬢さんばかりで、ついでに言ってしまえば、俺にも着れそうなサイズのシャツは、何処かホストっぽいのだ。ホストの私服っぽい。
俺に似合うかと聞かれれば全く似合わない。
黒地に銀の羽根が描かれた丈の長いシャツを羽織った時、愛夢の反応が滅茶苦茶よかったので、その一着だけ買って、店を離れた。今でもクローゼットに大事にしまってある。
何時着るんだ!?こんなの!?
そんな疑問符が脳みそをぐるぐる。
それを着る時がやっときた。
俺はそう感じていた。
ディアランのCMを観ている時だ。
愛夢が言った。
『そう言えば、行った事ないね。ディアラン』
ぽつりと、何かを思い出したように言った。
それでディアランデートを決めた。
即決だった。
憧れのディアランに、一緒に住んで四年、付き合って二年、初めて行くのだ。立派なデートだった。あの服を着るとき!俺の胸は期待に騒めいた。
勿論下見には行った。
そりゃ当たり前だろ?
人ごみの中の人ごみ、下手するとギュウギュウ詰めにされると噂のディアラン、アトラクションもショーもフードも楽しみたい、となったら、いきなり行っても失敗するところだ。
折角のディアランデート、愛夢をがっかりさせる訳にはいかない。
九月でハロウィンも始まって、仮装のひとも増える時期らしい。
下見に次ぐ下見、何処を回って何に乗って、何を観て、何を食べるか。
買い物だってあるだろうから、どんな店があるかもチェックだ。
そして一人で下見に通ううちに、すっかり俺はディアランの虜。もう何処で何を売っていて、今なんのショーを何時からやってて、アトラクションに一番並ばなくても乗れる時間は何時で、何が美味くて、トイレは何処にあるのか。全て把握。
これは行ける…行けるぞ拓海。
愛夢の心底喜んだ笑顔が見れるかもしれない。
そんな期待を持ちながら、近場からまさかのディアラン直行バスがあることを知って、俺たちは、バスに乗り込んだのだった。
「ディアラン、まさか此処からバスが出てるとはねー」
「急行で数駅だもんな。便利便利」
カレーパンを頬張って、二人、バスに揺られた。
俺は今朝、興奮のあまり午前三時に起きてしまい、余り寝ていなかったが、フリーライターの仕事は不規則になりがちなので、徹夜は慣れているから平気だ。
今日の愛夢は、羽根モチーフの黒いパーカーに、カボチャパンツも黒、そこには銀色の透かしが入っていた。きまっている。
俺もクローゼットにしまってあった羽根モチーフの黒T。形が大分違うが、ペアルックと言ってもいいだろう。
何となく気恥ずかしいが気分は上がる。
「拓海、僕がバイト行ってる間、下見行ってたでしょ」
「バレてたか……」
「部屋にディアラングッズが増え続けてたから、そりゃ気づくよ。何回行ったの?」
「12回」
「……はい?」
「だから、12回」
「……はっきり言うけど、拓海、馬鹿でしょ」
「なんでだ?」
「下見って行っても三回くらいじゃない?12回は絶対行かない」
「俺には必要な回数だったんだ」
言い切ると、にんまり笑った愛夢が言った。
「途中から、楽しくなっちゃったんでしょ?」
「う」
図星だったので言い返せない。
「拓海が12回も下見してくれたディアラン、どんなかなー。楽しみ」
にやにやしながら言う愛夢に、俺は不意に気になって尋ねてみた。
「愛夢もディアラン初めてなんだよな?東京住みだったのに珍しいな。家族とか友達とかと行かなかったのか?」
聞いてしまって、しまった、と思った。
あんな辛い詞を書いていた愛夢だ。
家を飛び出しても、誰も探しに来ない愛夢だ。
家庭が幸せなわけがない。
ディアランなんか、連れて行ってくれるまともな親ではなかったのだろう。
友達の話も、一度も耳にしない。友と呼べる人間が、愛夢にはいないのだ。
馬鹿な事を聞いた。そう、焦っていたら、愛夢は曖昧に笑って言った。
「一緒に行きたいと思う人がいなかったの。あんまりテーマパークにも興味なかったし。でも、拓海といくなら、どんなとこでも楽しいよ」
無難過ぎる返答に、俺は居心地が悪くなる。
この場合、この回答は100点だ。他に答えようがないだろう。
でも、もっと別の答えが聞きたかった気がする。
そう思ってしまうのは、俺が贅沢だからだろうか。
「そうか」
ぽつり。そう返すしかなかった。
「ありがとな、愛夢」
急に愛夢を抱きしめたくなったけど、それは自重した。
乗ってから一時間、バスはゆっくりとディアランのアーチをくぐった。
***
「似合う。絶対可愛い。ほら可愛い。間違いない」
愛夢を鏡の前に立たせて、俺は先程から説得を続けていた。
「嫌だよ。恥ずかしいもの」
そういう愛夢の頭には、ディアの耳のついたカチューシャ。
猫耳をつけた愛夢の姿を、どれだけ想像しただろう。
想像しただけでにやけてしまうのに、実際に着けてみたらどうだ、この可愛さ。
ディアランは可愛い女子が多いが、どんな女子にも負けない。
誰より可愛い。愛夢の透ける肌や、アーモンド形の瞳、紅も引かないのに赤い唇。
完璧だ。アニメのディアより可愛い。犯罪だぞおい。
これがうさ耳だったらどうだろう。
バニーガールな愛夢を想像して鼻血が垂れそうになる。
いや、実際もう鼻血が噴き出そうだった。
下手したら出ているかもしれない。鏡を見た。
そこにはデレデレのニヤケた冴えない男がひとり、映るだけだった。
まだ鼻血はでてない、セーフだ。
さて、説得を続けよう。
「折角ディアランに来たんだし、楽しんで帰るべきだと俺は思う。思い切り弾けるのに必須なアイテム、それがこのカチューシャだ。ディアランはディアランの仮装で楽しむべし」
「でも、カチューシャだよ?女の子がするものでしょ。僕、これでも男なんですけど」
「男でも似合えばいい」
「じゃあ拓海も一緒に着ける?」
思わぬ方向に話が進んで、俺は焦った。
「身長185の男に、カチューシャなんて似合う訳ないだろ」
「僕も男だし似合わない。拓海だけ狡い」
「愛夢は女の子にしか見えないから大丈夫だ」
言ってしまってから、しまった、と思った。
愛夢は女の子扱いされるのが酷く嫌いだった。
忘れていたわけではないが、つい、うっかり、口をついてでてしまった。
だって愛夢が可愛いのが悪いと思わないか?
ガッキーに負けない可愛さだぞ?
俺でなくても言うわ!
「へぇ、僕、女の子にしか見えないんだ」
「仕方ないだろ。事実なんだから」
「わかった。いいよ。今日一日このへんてこで可愛らしい猫耳、付けてあげる」
「本当か!?」
珍しく頑固な愛夢が折れた!俺の愛が伝わってしまったのか!
自分の可愛らしさを自覚できたのか!ディアランの魔法に掛かってしまったのか!
ブラボーディアラン!
ブラボー愛夢!!!!!
「ただし、これ買ってね。それからこれも」
愛夢が『これも』と差し出したのはおばけのぬいぐるみ。
手が異様に長い。白い。目が怖い。
「これ、肩にのっけて歩くらしいよ。僕、猫耳もつけるけど、おばけも担いで歩くね」
愛夢の可愛さが台無しじゃないか!!!!!
なんだその気味の悪いおばけは!!!!
もっとあるだろ!?
可愛いディアのぬいぐるみだって、幾つだってバリエーションがあるんだぞ!?
どうしてよりによっておばけ!?!?!?
「よろしくね、おばけちゃん。この変態なお兄さんから僕を守ってね」
おばけに「おばけちゃん」って……おまえそれ……ネーミングセンスがいかれてるぞ。
もう少し、もう少しないのか!?
「6500円です」
おばけちゃんは意外と値がはるのです。
「やばい。おばけちゃん可愛い。拓海、どうしよう」
猫耳をつけた愛夢ははしゃいでいるようで。
おばけつきでももういいか、という気になった。
愛夢が楽しいなら、幸せなら、俺はそれで嬉しいんだから。
それから俺たちはディアの顔を模ったチーズハンバーグを食べ、セットで食べるとついてくる、おばけのお皿を貰い、愛夢は大はしゃぎして、ショーに向かった。
ハロウィンのパレードは混むので、一時間程前から場所取りが必要だった。
地面に座ってみるのはしんどかったので、ベンチに待機した。
愛夢をベンチで待たせて、ドリンクとソフトクリームを買う。
カボチャとチョコレートのソフトクリーム。
この取り合わせはときめき間違いなしだろう、そう思って愛夢に差し出した。
一口食べて、愛夢はスプーンにソフトクリームをすくって、俺の方に差し出してきた。
「はい、拓海、あーん」
あのツンデレ愛夢から、こんな言葉が発せられるなんて!感涙ものだ!
ありがとうディア!
ありがとうおばけちゃん!
ありがとうカボチャチョコソフトクリーム!
顔が溶けだしそうな程にやけて、俺はスプーンからソフトクリームを食べた。
その瞬間、顔が歪んだ。
なんだ……この微妙な味は。
チョコはいい。確かにチョコレートの味だと分かる。
しかし、カボチャ……
カボチャをどうしたらこういう味になるんだ?
はっきり言って微妙だ。美味しくない。これを完食しろと言われたらかなり微妙な気分になるだろう。というか俺には無理だ。
「はい、拓海。僕もう食べたから、後は食べていいよ」
にっこり、愛夢は悪魔の笑み。
こいつ……まずいと分かって確信犯か……。
「これはないな」
「うん。ないね。でも残すのはないよねー?ね?おばけちゃん」
おばけちゃんは此方をみつめて空虚に笑っている。
二対一って狡くない?ねぇ、愛夢たん、二対一って、狡くない?
「うう」
「頑張れ拓海!」
いい加減に励まされながら、結局俺はソフトクリームを完食したのだった。
それから一時間程、ベンチでスタンバイ。
辺りがひとでいっぱいになって、アナウンスが流れる。
「ただいまからディアのハロウィンパレードを始めます。みなさーん。踊って歌って笑う準備は万端ですかー?では、ディアの登場です」
愉快な音楽が流れ出し、ダンサーさんたちが現れる。
皆ハロウィンの仮装をして。
今回は魔女とミイラ男、それからヴァンパイアだ。
ダンサーさんがキレッキレのダンスを踊る中、乗り物に乗った、ディアの仲間たちがおばけと一緒に現れる。
「おばけちゃん、おばけちゃんの仲間がいっぱいだよ!」
愛夢の関心の的は、どうやらディアやディアの仲間ではなく、おばけちゃんのようだ。
ダンサーさんにもディアとディアの仲間たちにも目もくれず、愛夢の瞳はおばけに釘づけだ。あの空虚な瞳のおばけの、何処がそんなにこの子を魅了するのか。
全く分からない。俺はとりあえずディアの方がかわいいと思うし、ダンサーさんのお洒落な着こなしに心躍ったが、全く分からないが……愛夢がそれでいいなら、俺はそれでいいのだった。
おばけが踊る。ターンする。両手を差し出してくる。
合わせて上半身だけで愛夢も踊った。
おばけちゃんの手なんかも動かしながら。
そうしたら、ディアが此方を向いて、手を振ってくれた。
おおっ
ディアが愛夢に手を振ってる!なんという夢のような光景!
愛夢も気づいて、おばけちゃんの手を掴んで、手を振り返す。
ディアと愛夢の心の交流が今!目の前で!!!!!
俺は再び感涙に噎せた。
さっき食べたソフトクリームを十個食べたっていい。
そのくらい貴重な場面を見せてもらった。
ありがとうディア!
ありがとう愛夢!
ありがとうおばけちゃん!
あれ?今日いいとこ全部おばけちゃんに持っていかれてね?
でもまぁいいか……
愛夢が楽しいならそれでいいか。
パレードを観終わった愛夢が言った。
「楽しかった!拓海、ありがとう!」
瞳が輝いている。
いつも凍てついてる愛夢の瞳が。
今はきらっきらだ。
連れてきてよかった。
マジ良かった。
これはこの後も期待できる。
抽選のショーが運よく当たって、ミュージカル仕立てのショーをいい席で観て、お土産屋さんを覗いて、お揃いのボールペンを買って、ミラーを買って、日付と名前を彫ってもらって、始終愛夢は楽しそう。
これはいけるか?
と、手を差し出してみる。
と、なんの反論もなく、俺の手を取る愛夢。
こうして俺は、愛夢との手つなぎデートに初めて成功したのである。
その感動たるやない。
愛夢は男同士で手を繋ぐのに、かなりの抵抗があるみたいだったから。
男同士だってな、その内結婚できるぞ、愛夢。
心の中でそう呟いて、ジェットコースターに案内する。
今は二回目のパレード中だから、乗り物はガラ空きだ。
急下降、急上昇する、ジェットコースター。
ディアランでも一番大きなアトラクションだ。
最後の下降っぷりはすごい。
俺も初めて乗った時にはちびりそうになった。
愛夢は、怖くて泣きだしたりしないだろうか?
でも、泣いてくれたらそれはそれでいい。
初めて愛夢の泣き顔が見れるのだから。
……なんて可愛い期待をしてごめんなさい。
現在愛夢たんはジェットコースターの下降を愉しんでる真っ最中。
「な、何回乗る気だ?」
「えー。乗れるだけ?」
きらっきらな瞳に反論の余地はない。
こっちはもう吐きそうだ。はっきり言って酔った。
なんで初めて乗ってるのに、そんな余裕なんだ、愛夢。
泣いたりしないのか。
怖くないのか。
もしかして怖い物なしか。
背中でおばけが笑っていた。
その笑いが俺を笑っているようで、殴り倒したくなる。
「で、でもこの後のスケジュールもあるし、な?」
「そっか。じゃああと一回だけ」
なんとかあと一回の約束を取り付け。
最後のジェットコースター、急下降の直前に。
「ありがとうね!拓海!」
声を張って愛夢が言った。
「愛夢が、楽しそうでよか……」
最後まで言い切る前に、頬に何かが触れた。
愛夢の唇だと気付いた時には、落ちていた。
「ぎゃああああああ」
俺の絶叫が響く。
ロマンティックな場面の筈が、どうしてこうコミカルになってしまうのか。
でも、愛夢が楽しかったなら成功だ。
涙は見られなかったけど。
きらきらの瞳は見られた。
心の底からの笑い顔も、結局は最後まで見れずじまい。
でも。
帰りのバスの中、ペットボトルのお茶を飲みながら、俺たちは出会ってからあった沢山の事件を話した。それこそくだらない事ばかり。
殆どが俺の失敗談なのだけど、愛夢は今までないくらい、沢山笑顔を見せてくれた。
おばけちゃんと膝にのっけて。
だからいいんだ。
心底の笑顔はいつか。
涙もいつか。
愛夢の心の中を、もっと知りたい。
もっと笑顔を見たい。
強く強く、そう願った。
こうしてディアランデートは大成功に終わった。
俺は安心感と満足を得て、バスの中、笑いながら眠った。
おばけちゃんと愛夢に見守られながら。
それが何にもかえがたい幸せなことのように思えた。
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