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Ending
あの日から、五年。
俺は、毒ガスの心配がもうないと判断されたあの孤島に、唯一人、帰ってきていた。
誰もいない孤島は、静かで、穏やかで。
なかなか居心地がよかった。
何より、此処にいれば七砂との想い出に浸っていられる。
俺は、一日のほとんどをあの森で過ごした。
七砂と出会った、愛し合ったあの森で。
草の上、腰を下ろして、微睡むのが好きだった。
そうやって微睡んでいると、鳥の声が、風の音が、潮騒が、段々七砂の声に聴こえてきて。
『紫乃』
『紫乃』
------ああ、七砂がまた、俺を呼んでいる。
ざわめく緑。
白い、ワンピースが木陰に見えた。
あんなところに隠れて、すぐに捕まるのに。
今度は、白い脚が草の上、走って行くのが見える。
捕まえたら、今日はどんな遊びを仕掛けてやろう。
草の上に横たえて、その躰の隅々まで、甘い疼きを与えてやろうか。
それとも、息ができないほどに、キスの雨を降らせてやろうか。
ゆっくり立ち上がり、七砂の後を追う。
森に、くすくすと、小さく笑い声が響く。
見つからないと、思っているのか?
もう、ほら。すぐそこまできてるよ。七砂。
白い、真白い、腕が宙を泳いで。
伸ばす、指先。
抱きしめる。
抱き寄せる。
髪に顔を埋める。
ああ、七砂だ。
七砂の、匂い。
甘い、愛しい。
ゆっくり瞳を開ければ、目の前に。
白い、美貌。
無垢で、幻想的で。人あらざる美貌。
その口元が、ゆっくり笑みの形を作り、そして。
『紫乃』
はっきり、俺を呼んだ。
だから俺も微笑み返して、なるだけ優しく、甘く、囁いた。
『七砂……やっと、捕まえた。』
ザアアアアア、
答えるように騒ぐ森。
「おかえり…………」
呟いた、言葉はすぐに吸い込まれる。
ふたり愛し合った、この。
狂おしいほどに愛おしい
「人魚の森」に………
END
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