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Scene04
乱れた呼吸を堪えて、岩場を見渡す。
いない。まさか、外したか。
そう、思ったその時。
海から不自然なあぶくが上がっているのをみつけた。
……まさか。
「七砂…!」
海の中に手を突っ込めば、確かな腕の感触。
そのまま引き上げれば白い腕が露わになって。
びしょ濡れの七砂が、現れた。
「オマエ、まだ四月で水は冷たいだろうに」
七砂は、なんと海の中に隠れていたのだ。
岩場の影の水の中、息を潜めて、いいや、息などしないで。
このままでは寒さと苦しさで死んでしまっただろう。
死んでも、よかったのだ。
いいや、むしろ望んでさえいたのだろう。
こんな絶望の今しか、未来しかないなら。
いっそ、死んだ方が。
七砂がそんな風に思っていたのだと思うと、辛くて、切なくて。
ガタガタと寒さと恐怖に震える細い身体を、抱きしめた。
「もう、大丈夫だ、七砂。俺は何もしない。大丈夫だ。怖くなんてないから。」
「し…の、様…」
青い顔で、七砂はそっと俺の名を呟く。
名を呼ばれる、それだけで愛おしさが込み上げて、俺はぎゅう、と、強く。
七砂を抱きしめる手に力を籠める。
このままでは身体が冷え切ってしまう。
俺は、躊躇いがちに七砂の白いワンピースに手を掛ける。
一瞬、びくり、と、七砂が震える。
俺が七砂を襲うとでも思ったようだった。
普段の仕打ちを思えば当然だろう。
だから、不意打ちで唇を奪った。冷たい、濡れた唇を。
すると、七砂は大きく目を瞠る。何が起きたか、分からないみたいに。
「大丈夫、七砂。襲ったりしない。」
そう囁くと、途端七砂は大人しくなる。ワンピースを脱がす間も、じっとしていてくれた。
白い肌が露わになって、知らず上がってしまう鼓動を抑える。
俺は自分のコートを七砂に与えて、言った。
「これで少しは体温を保てるだろう。もう、大丈夫だ。」
冷えが止まって少し楽になったのか、七砂はすぅ、と意識を失った。
そんな七砂の冷えた躰を、ずっと、ずっと何時までも。抱きしめていた。
岩場に当たる波が、ざざん、と、不快な音を立て、未来さえ濁しそうで。
そんな悲しい予感に抗うように、ただ。
俺は、宙を睨んだ。
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