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Scene08
「七砂、起きて。」
微睡む七砂に小さく声をかけ、手を伸ばす。
「行こう。」
そういうと、まだ寝ぼけた風の七砂が、尋ねた。
「何処へ?」
「海、だ。」
『何故?』と問う瞳には答えず、白い腕を引いた。
森から海へ、さっき来た道を戻る。
急に、泣き出しそうな空。
空模様が怪しくなってきた。
春の嵐が来たら、厄介だ。
急がなければ。
七砂の躰を引き寄せて、抱え上げる。
「紫乃、様?」
「この方が早い。」
『つかまっていろ』そう言って、走り出す。
緑の森の中を、美しい森を、抜けて。抜けて。
海へ、出た。
岩場が続くその場所の向こうには、青い海原が広がっている。
ちらりと時計を見る。
四時。時間通りだ。
そして進む、岩陰。
あった。
約束通り。
そこには、波の上、一隻のボートが、ゆらゆらと揺らいでいた。
困惑したように七砂が尋ねる。
「紫乃様、これは……。」
「俺が高野に用意させたものだ。高野は妻を父さんに寝取られて、父さんに恨みがあった。だから、協力してくれたんだ。」
先ほども、父と対峙した時、うまく助け船を出してくれた。
俺の要求を読み上げるときの困惑や躊躇もすべて演技。
妻を寝取られた。
それもあるが、高野は恐らく、俺を自分の息子のようにも感じてくれていたのだろう。幼い頃から随分可愛がってもらった。助けられた。
高野への感謝を胸に、言い放った。
「七砂、逃げるぞ。この、狂った孤島から。」
ごくり、と息を呑んで。
それから七砂は大きく、頷いた。
此処までは計画通り。
不安要素は天候だけ。
もってくれ。
曇り空よ。
ふたりは、船へ。
一隻の小さなボートへ、乗り込んだ。
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