【一】突然すぎる婚約話

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「いえ。では、俺は仕事に戻ります」  大角さんは落ち着きのある低い声で言うと、母様に一礼してから立ち上がる。 「大角さん、ありがとう」 「いや……また何か手伝えることがあれば呼んでくれ」  長い尻尾をゆっくりと揺らし、そっと笑みを浮かべた大角さんは、私とミヅハにもお辞儀をして、静かに引き戸を閉めた。  大角さんの大きな体を受け止める床の軋む音が聞こえなくなると、私は手で体を支えながら膝で歩いて母様に詰め寄る。 「原因はなに?」 「大した事じゃないから、気にしなくていい」  微笑む母様に、ミヅハは眉を僅かに顰めた。 「だが、ほぼ同じ頃、いつきも倒れた」 「……そうか」  ミヅハの言葉に、母様は驚かなかった。  まるで、知っていたかのような落ち着きっぷりを疑問に思っていると、母様は「ハハッ」と声に出して笑う。 「親子ってのはここまで似るのかねぇ」 「そんなわけないだろう」  冷静に突っ込むミヅハにまた母様は笑って、私に手を伸ばすと愛しむように頬を撫でた。 「もう大丈夫なのかい?」 「今はもう、特には」  だるさやふらつきは、母様の部屋に入るあたりから大分和らいでいた。  やはり貧血か何かだったのだろう。  意識が遠のいている間に見えたものは少し気になるけれど、それもただの夢だと思えば納得がいく。 「なら良かった。ご両親の墓参りも無事に終わったかい?」 「あいにくの雨だったけど、しっかり手を合わせてきたわ」
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