【一】突然すぎる婚約話

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 人気のない、雨音だけが聞こえる広い墓地。  濡れて色濃く輝く墓石には、寄り添うように刻まれた両親の名前。  生前、この時期に、母がリビングの花瓶に生けていた紫陽花を今年もお供えしてきた。 「ご両親も喜んでるだろうね」 「だといいな」  毎年墓前で報告する内容が、神様やあやかしの話題ばかりなのをどう思っているのか。  娘が”視える”体質なのは知っていたと記憶しているけれど、さすがに神様が自分たちの代わりに親となって子育てしてくれているなど、驚いているに違いない。  いや、十四年目ともなれば、もうとっくに慣れてケラケラと笑っている可能性もあり得る。  何せ、私の覚えている両親の姿は、いつも笑顔だったから。  そして、母親の代わりを務めてくれている瀬織津姫もまた、豪快な笑顔が魅力的な女神だ。  大きく口を開けて、思い切り笑う。  そんなパワーに満ち溢れた母様が倒れたなんて、やはり相当な理由がある気がしてならない。  大したことじゃないという言葉を鵜呑みにしていいのかと不安に駆られていると、母様は「ああ、そうだ!」と突然両手を叩いた。 「ふたり揃ってるならちょうどいい。あんたたちに頼みがある」 「俺といつきに?」 「ああ」  笑みを携えて頷いた母様の頼みとは一体何か。  私とミヅハは顔を一度見合わせてから視線を母様に戻す。 「母様、頼みって?」  宿のことだろうか。  たまに神様やあやかしに届け物を頼まれることがあるので、もしやそれではと半ば予想している中、母様はにこやかな笑みを浮かべたまま言った。 「今月、もしくは来月中に、ちょいとばかし婚姻を結んでほしいのさ」
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