32人が本棚に入れています
本棚に追加
5 過去1
エバの問いかけにアリスはなかなか答えられず、しばらくの間があった。
アリスは少し口を震わせながら話し始める。
「あの……私はこのお屋敷に来てからまだ日が浅いのです。そのため、アダム様の状況を全く把握できていません。……申し訳ありません」
アリスは深々と頭を下げた。
これは話せなかったという理由もあるが、嘘をついてしまったことへの謝罪でもあった。
リリスとアダムの夫婦生活については、当然、アリスは執事長から聞かされていた。
特にリリスの事件後、アダムが一度も見舞いに来ていないことは、口が裂けても言えなかった。
「謝らなくていいよ。気を使わせてごめんね。アリス、正直にいうと……私、その事件の後の記憶しかないの。自分が誰なのかも、わからなくなってるの。でも、アダムの存在だけは覚えてる——」
アリスはエバの発言にショックを受け、口を両手で押さえる。
「——何もかも忘れてしまったの……。だから、過去の情報を集めてくれない? 特に、過去5年分がほしいかな」
エバはこの体で生き続けることにまだ躊躇っていたが、最初で最後のチャンスであることは理解していた。
アダムともう一度結ばれることが最大の望みならば、耐えなければならない——そう自分に言い聞かせる。
『この先どうするのか?』——それを見極めるためにも、エバには情報が必要だ。
「かしこまりました。少しお時間をいただいても?」
「いいよ。でも、情報は包み隠さずね」
「はい……」
アリスの顔色はすぐれなかった。
最初のコメントを投稿しよう!