夢の続き

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ぼんやりとした意識が徐々にはっきりとしてくる。はっきりしてきたとはいえここが夢の中であるということは何故か最初からわかっている。  全体が灰色に包まれた白黒の世界。自分の履いているスカートがゆらゆらと風に揺れている。確かに世界はうごいている。それなのに、まるで無声映画を見ているかのように音は何も聞こえない。ああ、ここでこの夢から覚めることが出来たらどんなにいいことか。そんな私のささやかな願いが聞き入れられることがないことは、この夢が始まったときからわかっていた。  身体は間違いなく自分のものであるのにそれを外から眺めているような、不思議な感覚。私はスカートの裾をきゅっと握るとゆっくりと顔を上げた。  フェンスを背にして私と同じ女子の制服を身にまとった生徒が一人、佇んでいる。顔はまるでそこだけ霧がかったようにぼやけて見えない。けれど、私にはそれが誰だか、この夢が始まる前からわかっていた。  私は深呼吸をすると、彼女に声をかけようと口を開く。いつもよりもはっきりとした発音を意識して、声を出してみる。……これもわかっていたことだけれど、その声が音となることはなく、ただ私の口が餌を欲しがっている魚のようにぱくぱくと動いただけだった。なんだかわかっていることだらけで気持ちが悪い。そしてそんなわかっていることに抗おうとしている滑稽な自分に私は冷笑を浴びせるが、私は抗うことをやめない。声を、声を出す。喉が渇いた。声は出ていないのに息が切れる。もちろんその息も聞こえないけれど。  そんな私に彼女は寂しそうに首を少し傾げると、ゆっくりとフェンスへと向かい、普通ではありえない身のこなしでひょいとフェンスの外側へと降り立った。その間私は必死で声を出し、彼女に駆け寄ろうとしたがまるで私自身が定点カメラになってしまったかのように同じアングルで屋上が映し出され、彼女が徐々に遠ざかっていくのをただ見ていることしかできなかった。  彼女がフェンスの向こう側からこちらを振り返る。はっきりと目線が絡まった。行かないで。私はありったけの力を振り絞るように叫ぶ。届かないと分かっていても、絞り出す。そんな私の祈りを断ち切るように彼女は微笑むと、フェンスの更に向こう側へと消えていった。  私はしばらく呆然と立ち尽くしていたが、ふと金縛りが解けたようにフェンスへと駆けだした。半ば体当たりをするようにフェンスにたどり着くと両手でフェンスを掴み、下を見た。  そこに少女の姿はなく、鮮やかな白いスノードロップの花が咲き乱れていた。白と黒、灰色の世界の中で、その白だけが鮮やかに輝いている。息をするのも忘れてその白に見入っていた私の手が小刻みに震え始め、フェンスを揺らした。そこの揺れで初めて気づく。私は泣いている。  ……そこで夢は終わった。決して続きのない夢。しばらく私は目を閉じたままでいたが先ほどの夢にはもちろん、新たな夢にも戻れず、諦めてゆっくりと目を開けた。  窓から差し込む光はきらきらと輝き、窓辺に置いているクッションを包み込んでいる。顔の前に翳した手のひらは薄くピンクがかかり、私の中にきちんと血が流れていることを証明してくれている。この世界に色があることに私は安堵すると、ゆっくりと息を吐き出した。吐息の音が聞こえることにほっとする。  緩慢な動きでベッドから抜け出すと、私は洗面所に向かった。なんだか先ほどまでの夢が嘘のようだ。もしかしたらあの夢を見たということ自体が夢で、本当はそんな夢は見ていないんじゃないかと、そんな稚拙な考えに苦笑した。  冷たい水で顔を濡らす。 「ねえ、こんな噂知ってる?」  脳裏に考えないようにしていた言葉がこだまする。 「……っていう夢を見た後に」  やめて。 「身に覚えのない花が部屋のどこかに活けてあって」  何度も顔を洗って言葉の続きを遮ろうと試みる。 「その花って大きく分けて二種類の花ことばがあるんだよね」  そんな花どこにも活けられていない。  そう、洗面所に来るときにそんな花は部屋のどこにもなかった。やはり迷信なのだ。そう自分に言い聞かせてタオルでごしごしと顔を拭いた。  そして鏡を見ると――あった。  鏡の中、自分の肩越しに見覚えのない花瓶に活けられた、先ほど見た鮮やかな白が。  頭の中で誰のものだったか忘れた声が続きを語りだす。 「だから、その花の数が奇数なら希望」  私はゆっくりと瞬きをしたが、もう一度目を開けても、白は鏡にしっかりと映っていた。  私はタオルを両手で握り締めたまま、鏡に背を向けて花を正面からしっかりと見据えた。  本当に息をのむほどの鮮やかな白。  その白に魅入られたように私は真っ白な花束に手を伸ばす。 「偶数なら――」  
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