小蝿の晴天

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「貴女は何を企んでいるんだ!」 「あらあら、坊やはドラマの見過ぎよ。そんなの言う訳ないでしょう。愚問よ、それ」 工場のトイレや事務所の清掃を、伊澤さんは行なっていた。何度か廊下ですれ違い、トイレの中で出会(でくわ)した。5年勤務したが声を聞いたのは、今回が初めてだろう。 「慌てないで待ちなさい。貴方が騒いだところで状況は変わらないだから」 伊澤の(たしな)める言動に更なる怒りを覚えた。 「いきなり公園で刺されて、職場の清掃のおばさんが母親だと名乗りでて、警察に告げれば周りが不幸になると脅される。尋常じゃない、落ち着いていられるか!」 「興奮している割には、状況を把握してるようでなにより。で?それが何か?」 伊澤さんの声は冷え切っていた。 ーーそれが、何か・・・だと。 「だがしかし驚いたわ。貴方はそんなに興奮するタイプなんて、賭けに負けた」 ーー賭け? 「何を言って・・・」 「ーーいえ。貴方のことは職場で見させてもらっていた。感情を隠しているというより、荒立てない、起伏が感じないように見えたわ。冷静を装うというより、その空間にいない俯瞰(ふかん)して見ている感じ。感情がない人形のように」 伊澤は静かに立ち上がり、ベットに背を向ける。 「まぁ、良い発見だわ。人を見る目がまだまだと痛感させられる」と笑った。 「ちょっと、まだ話が・・・」 「退院したら、詳しく教えてあげる。まずは傷を治しなさい・・・ん?傷つけた側が言うもんじゃないわね」と再度、笑った。 伊澤さんは病室を後にした。
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