小蝿の晴天

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伊澤さんが帰った日の夜、寝付けなかった。 時刻は深夜0時をまわっただろう。時折、廊下を歩く足音が響く。昨日の夜は、夜中に何度かバタバタと歩く音が響くことがあり、その都度、目を覚ましてしまった。今日の夜は静か過ぎ、窓が風で(あお)られ、(きし)む音まで聞こえた。 ベットの上で天井を眺め、掛け布団を強く握っている。伊澤さんが退院したら、詳しく話すとの言葉が頭の中を反復して離れなかった。 伊澤さんは事故だと繰り返し言っていた。今回は交通事故のようなもの。事故ということは・・・まさか僕は、偶然の産物で刺されたというのか。 あの日、あの場所に偶然に行き、酔ってベンチで夜を明かす。目覚めてすぐにベンチを移動する。全てが、その全ての偶然が重なって、犯人に刺されてしまったのか。 ーー偶然だと。分からない。 目を閉じると、あの朝、汗臭いあの日の朝を思い出す。(はえ)に好かれたのは初めてだった。3匹の蝿が宙を舞い、(まと)わり付いていた。首すじに伝わる汗、匂い。そして、日差しを背にした黒い3匹。不快でならなかった。 明日の午前中に、医師から経過が聞ける。近々、退院の運びになる。
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