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「泣きたい気分もあるわ。私も」
「や、や、やめて下さい」
絶えず力を加え続ける女性。
「ああ、何だか勝手に感傷に浸ってしまったわ。ごめんなさいね」
清々しい笑顔を浮かべる女性。その横顔を涙で滲んだレンズで見上げていた。
「ーー飽きたわ。警察が来る前に本題にはいるわよ」
ーー本題?
「聞いてるの?坊や・・・良太君」
「あ・・・は、はい」
また傷口を圧迫されるかも思うと、身体が強張る。
「今回は・・・そうね。事故、事故よ」
「事故、事故ですか?」
「そう、不意に道路に貴方が飛び出して、車に跳ねられた。交通事故ね」
女性はベットの周りを歩き、説明を始めた。
「いや、刺されたんですけど」
「馬鹿ね。分かってるわ。事故みたいなものなのよ。ーー分かる?」
「はぁ・・・」
訳の分からない説明を真顔で言う。女性の顔に呆気にとられた。
「貴方は、理解力がないのかしら」
女性は60前後だと思うが、実際にはよく分からない。
髪は短く、肩まで切り揃えられている。化粧は少し濃く、紫のアイシャドウに唇の赤が印象的だ。切れ長の目が常にベットの上から見下ろしている。細身の身体に黒のタイトスカートから筋肉質な手足が伸びていた。
「何?」
と顔を覗き込まれた。
「事故だと。今回の事は」
「そうよ。事故なのよ。事故なのだから示談交渉をするのよ」
「示談ですか?」
女性はベットの周りを、一歩一歩ゆっくりと何かを確認するかのように会話を続けた。
「事故・・・そうよ不意に起こった事故。故意じゃないの」
「故意じゃないって、言われても。実際に刺されたんですけれど・・・」
「刺したのは間違えじゃないわ。確かにーー私じゃないけどね」
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